白眼野 りゅー

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 小さい頃の君は、食べるのが遅いせいで溶けて地面に落ちてしまったアイスクリームを見て、

「……じめんに、たべさせてあげただけだから!」

 と、涙目で強がるような女の子だった。


【こぼれてあふれたアイスクリーム】


「あー、手に付いちゃった……」

 今の君は、アイスが目減りすることよりも手が汚れることの方を心配していて、これが大人になるっていうことなのかな、と少し寂しく思う。

「まあでも、溶ける前に食べ切れないくらい食べるのが遅いところは変わってないか」
「何の話?」
「いや? 今はアイスが溶けて減っちゃうことに涙を流して腹を立てたりしないんだなって」

 僕が冗談めかして言うと、

「……まあね。食べ切れなくて溢れるほどたくさんのアイスが受け取れることの幸せに、気づいたからかな」

 と、思いの外真面目な表情と回答。

「こぼれ落ちて、地面におすそ分けされたアイスは、幸福の象徴だよ」

 話している間も君の背後からじりじりとアイスを溶かしてゆく太陽から、思わず目を逸らす。それから、自分の手を見た。綺麗な手。溶け出す前にコーンまで食べ切ってしまったアイスの、抜け殻みたいな紙切れをくしゃりと握り潰す。

 溶ける前にと対して味わいもせず食べ切ってしまって、ただ冷たかったという記憶だけがある。こぼれてコーンからあふれるほどのアイス。それを幸福の象徴と言うなら、僕は幸福ではないということになる。

「……ふう、ごちそうさま」

 おいしいものを食べ終えた後の、少しの寂しさを含んだこの表情を、僕はもう何度も見ている。それだけじゃない。僕が知らない君の表情なんて、きっともう存在しない。空っぽの紙切れを握り潰すみたいに、「おいしかった?」と空虚な質問。

 アイスがこぼれるくらい、手が汚れるくらい、ゆっくり食べてみればよかった。そう思うのに、目を閉じた僕が想像するのは溶けたアイスのために泣いていた君の、溶けるずっと前の顔だ。

8/12/2025, 9:10:16 AM