真澄ねむ

Open App

 しんしんと雪が降っている。夜半から降っていたらしいそれは、すっかりと辺りを白く染め上げていた。朝日を受けてそれらはきらきらと輝いている。
(――通りで冷えるはずだわ)
 窓の外に広がる一面の銀世界を眺めながら、マーシャは胸中で嘆息した。身を切るような寒気を覚えて飛び起きたのが、ついさっき。暖炉の火が消えており、それで部屋が冷え込んだらしい。
 毛皮のスリッパに足を入れ、毛布にくるまりながら立ち上がる。暖炉の傍にある小さなテーブルの上には書きかけの手紙が放置してあった。翌朝に続きを書こうと思って眠りについたのだが、すっかりインクが固まってしまっている。
 まずは薪を貰ってこねばならない。彼女は重たい足を引きずるようにして、宿の裏手の薪置き場に向かった。ちょうど住み込みの従業員が薪を割っているところで、いくつか余分に薪を貰って部屋に引き返す。吐く息は白く、朝日にほのかに輝く。
 暖炉に薪を入れると、マッチを擦って火をつける。一緒に貰った細枝に火を移して種火とし、少しずつ薪を足していく。小さかった火はやがて炎となり、ちょっとずつ暖かくなってくる。
 かじかむ手を少しでも早く温まるように暖炉にかざす。指の隙間から見える、炎のゆらめきを見ていると、また睡魔が戻ってくるような気がしてくる。いけないとばかりに首を振り、手をさすり、揉み、かざすを繰り返す。
 やっと満足に指が動くようになってきた頃に、彼女は固まったインクを持ってきた。これも温めたら書けるようになるだろうか。インクが溶けるまで、文面を考えていよう。
 ゆらゆら、ゆらゆら。炎が右に左にゆらめいている。時折、火の粉が爆ぜる。降り積もる雪のように穏やかでゆったりとした時間が流れていく。
 隣室から、寒いと仲間の叫ぶ声が聞こえた。小さな宿屋ゆえに声が丸聞こえだ。彼女はふふと含み笑うと、余分に貰っていた薪を分けに行く。少しお喋りをしているうちに、階下から人のざわめきが聞こえ出す。ようやく人々が活動する時間になってきた。
 もう少ししてから朝食を摂りに行こうと約束して、彼女は自室に戻ってきた。そのついでに手紙を出してしまおうと思ったからだ。
 インクは液体に戻っていた。ペン先を浸して、少し試し書きをする。――問題なく書けそうだ。
 遠い場所で、今も変わらずに仕事をしているであろう彼を想う。夜、寝る前に見かけても、朝、起きたときに見かけても、彼はいつでも机に向かっていた。いつ休んでいるのかわからない彼が少しでも自分を顧みるように、そんな祈りを込めて、文字を綴り始める。
 ――拝啓、親愛なるあなたへ。寒い季節になってきましたね。わたしたちは今、ネージュの町にいます。名の通り、降り積もる白雪が美しく、また凍えそうなほど寒いです。ただでさえ風邪の引きやすい時期ですから、暖かくしてきちんと休養を取るようにしてください。仕事のしすぎはだめですよ。

11/30/2023, 3:35:00 AM