『記憶の海』
ぽちゃんと落としたいつかの記憶。
嫌な、嫌な、吐き気がする記憶。
いつの間にかそれは海底に蓄積し、
灰色の砂浜に立つ僕の喉元にまで追いついた。
鋭い、鋭い、重い鉛の様だ。
時が止まった激しい波にも見える。
あと1つ、記憶を落としてしまえば
僕の喉元を貫いて、全身に鈍い色の毒が巡るだろう。
僕はここから動けない。
僕はここから動かない。
落とし続ける、今日も明日も。
忘れ続ける、今日も昨日も。
あなたはこんな僕を見てどう思う?
哀れだと思う?
可哀想だと思う?
嘲笑う?
それとも、あなたと僕を重ねますか?
僕のこの海は酷く濁った色をしています。
嫌な記憶を葬り続けたので。
あなたの記憶の海はどんな色をしていますか?
あなたの記憶の海はどんな意味を持ちますか?
…面倒なものですね。
記憶の海に消し去ったつもりなのに、何故この鉛は僕の喉元まで届いているのでしょう。
ふふ、でも僕はここから動けません。
ずっとこの海に囚われて、死が来る時を待つのです。
本当は動けるんですけどね、僕の所有者が気づいたら。
心を無理に押し殺すと、僕の様になりますよ。
まぁ、僕が死んだとて所有者が死ぬとは限りませんが。
体より先に精神が死ぬか、
精神より先に体が死ぬか。
どちらにしても死のみですね。
では、僕はそろそろおいとまします。
大丈夫ですよ。僕が死んでも所有者は死にません。
必要な、犠牲なんです。
ぽちゃん。
追いやられた孤独な精神、彼方の海に沈んでいった。
そしていつか気づいたら、記憶の海は枯れ果て、砂漠となった。
この砂漠が潤うことはあるのか。
今日もそんなことを思いながら変わりようのない日々を過ごす。
嫌な記憶を砂漠の底に埋めながら。
また、今日も。
5/13/2025, 12:35:23 PM