【優しくしないで】
土曜の昼下がりの喫茶店、歩道に面した窓際のテーブル席。差し込む太陽の光が、向かいに座った君の栗色の髪を柔らかに輝かせる。
「元気ないね。困ったことがあるなら聞くよ?」
朗らかに微笑んで俺を促す君の右手の薬指を飾る、透き通るようなダイヤモンドの煌めきから目を逸らすように、窓ガラスの向こうへと視線を移した。
「別に、何でもない」
行き交う人々を眺めながら、なるべく平坦に返したつもりだった。けれど想定外にぶっきらぼうに自分の声が響く。せっかくの心配を突っぱねた俺のことを、怒ってくれたって良いのに。なのに君はいつだって、ただ慈しむように笑うだけなのだ。
「そっか。もし話したいなって思ったら、いつでも話してくれて良いからね」
いつまで経っても俺のことを弟みたいに扱って、対等な立場になんて置いてくれない。自分の思考に、自分の胸が刺すような痛みを訴えた。
「平気だって。というか、そんな暇あるなら彼氏さんとデート行けよ」
それでもどうにか、呆れたような声を取り繕った。テーブルの上、アイスコーヒーのグラスを伝う雫が、まるで俺の代わりに泣いているみたいだ。
君からは見えない膝の上で、拳をギュッと握りしめた。頼むから、これ以上優しくしないでくれ。俺に構わないでくれ。惨めさと独占欲とで、俺が君をグシャグシャに傷つけてしまわないように。
三つ歳上の幼馴染は、俺の醜い恋情になんてこれっぽっちも気がつかぬまま、幼い子供を見守るような眼差しで美しく微笑んでいた。
5/3/2023, 12:02:02 AM