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※ポケモン剣盾二次創作 マクワとセキタンザン
※ポケモンが人体に悪影響を及ぼす設定



それは怒りだ。燃え盛る熱が両頬を掌で掴むようにじりじりと焦がし、マクワは立ち上る空気が揺れているのを見た。
普段白い眼が黒目を残しじんわりと赤く染まっていて、彼が今感情を抑える瀬戸儀に立っているのがわかる。セキタンザンと対峙してきたポケモンは、直接これを見てきたのだな。
胸の奥に燻るものとともに、鋭利な角度で出来たサングラスを抑える。目に届く光が少しだけ弱まって、口の中に唾がたまっていたことに気が付いた。
マクワとともにいるとき、いつだってセキタンザンはマクワを肯定し続けてきた。優しく温厚な性質の彼がその秘めた攻撃性を向けるのは、マクワの前に立ちはだかる障壁に対してだけだった。

「……実は今も視界がずいぶん狭くなっています」

マクワは言う。

「ぼくの肺……塵だらけで真っ黒なのです。一切喫煙はしていませんが、喫煙者の何倍も……。塵肺というそうです。つぎの試合が……最後です。その先はもう……あまり長くない」

セキタンザンの目が赤い炎を帯びる。背中の火炎が強まって、ふたりの狭間を高い熱が埋めていく。そうしてゴオ、と大きくひと鳴きすれば、口から音とともに火が漏れ出ていった。
大きな黒岩の太ももが動き、どすん、どすんと重たい足音が響いた。さらに天井に向けて猛々しく叫んだ。マクワは思わず目を瞑った。
ごつごつした、けれども馴染みのある感触が背中に触れて、それからぎゅうと前引っ張られ、胸の岩に圧しつけられる。視界が真っ暗になって、鼻孔を埃のような古馴染みのある香りが満たしていく。

「ボオオ……」

纏わりついていた熱は少しだけ遠ざかって、代わりに硬くてざらざらした石炭がマクワを包んでいた。セキタンザンはマクワをゆっくり抱きしめて、今の今まで火炎の光に充てられていた頬に頬ずりをする。

「……きみに言うのが遅くなりましたね。本当に……すみません」
「シュボ!」

顔は見えないが、マクワには伝わる。彼はこのリーグで戦い続ける生活がずっと、もっといつまでも長く続くと思っていたのだ。唐突に、しかも病気で終わるなんて考えているはずもなかった。
マクワはタールショットで発生するコールタールやその蒸気、粉塵に、ずいぶん前から検査の結果ダメだと言われていてもほかの人間より近く居続けた。
誰よりもセキタンザンを理解して、誰よりもセキタンザンを『魅せたい』ためだった。

「……ぼくは後悔していないし、したくないのです。たとえきみがぼくの身体に……何かしら影響を及ぼしているのだとしても、ぼくは最期まできみといたい」
「ゴオ……」
「それにね。……きみに近づいている。ぼくはそう思うのです。きみがくれるものをぼくの身体が受け取って……それを溜めた……きみに近づいた証拠」

背中に回されたセキタンザンの腕に力がこもる。

「ひとの身体が限界まできみという全く違う存在に近づいたのならそれはきっと……すごいことです」
「ボオ!」

セキタンザンは改めてマクワの顔を見下ろした。自分が長い痛苦を与え続けているというのに、平気だと言い切るバディのことを許したくはなかった。
大切な存在と、一秒でも長く居たい。それはひとやほかのポケモンと比較しても長い年月を変わらず生き続けられるセキタンザンだからこそ、何よりの願いでもあった。
そのためなら身体を張り、極寒に震えるいのちだって守ってきたし、苦手な戦いだって克服してみせた。
マクワもセキタンザンの視線を受け止める。

「でも……でも、うん……そうですね……いまもきみの顔がうまく見えなくて……。……むかしみたいにきみといて……ただ楽しいだけじゃない。……息が苦しくなるときがあるのも……それは……さみしい……かもしれません……」
「シュポォ!」
「けれどどうか……ぼくがずっと輝かせてきたきみに……見てもらいたいのです。ぼくのいのちがすべてを賭して、いちばんの輝きを放つ刹那。その瞬間があれば……その後のぼくもぼくで居られると思うから……」

セキタンザンは知っている。彼は頑なで、決めたことはやり遂げるまで絶対に曲げることはない。それはやはりいわに連なる志の在り方に違いなく、証明になれるものこそが自分の存在であることを。
そして誰もが死にゆき、変わることが当たり前の世界のなか、マクワが彼のいる場所で、なにかをいっとう強く置いておきたいことを。

「シュポォー!」

ずいぶんとマクワに毒された。マクワはセキタンザンに近づきたいというが、セキタンザンだってマクワに近づいてしまっていることもたくさんある。
この感情は、眼は、炎の揺れ方は、すべてマクワから受け取ったものだ。最後の試合に全力を叩きつけよう。マクワの選択と幸福を作れるのは自分しかいない自負がある。
だがしかし、それでも。
願わくば、大切なバディがバディとして変わりながらいのちを動かしていく姿を見ていたかった。
マクワと別れたその先には、はるか果てしないほど長い時間が流れ続けることを、セキタンザンはすでに見通していた。

10/15/2023, 5:05:28 PM