『風に身をまかせ』
買い物をすませた帰り道。
駅周辺を歩いていたとき、突如としてビル風が吹き荒ぶ。
彼女の纏う、繊細なレースをあしらった淡い藤色のロングスカートが、風に身をまかせて勢いよく空気を孕んだ。
「わっ」
おてんばな春の陽気は、彼女の反射神経すら弄ぶ。
風とともに軽やかに踊るスカートは、彼女の太ももをあらわにした。
その白い肌に刻まれた赤い痕が目に入り、息をのむ。
あとわずかで不可侵領域に差しかかるかというところで、スカートは優雅に舞を終えた。
おとなしくなったスカートに、彼女はホッと安堵したように肩をおろす。
両手でスカートを整え直した彼女が、ここで俺の視線に気がついた。
「えっち」
頬を赤らめて恥じらいつつも、彼女のじっとりとした視線に返す言葉が見つからない。
「……すみません」
俺は両手を上げて素直に降参した。
「……見た?」
「残念ながら、キスマークまででした」
バカ正直に伝えると、彼女の顔がさらに紅潮する。
「はあ!? なんてところに勝手につけてくれやがったんだよ!?」
「勝手じゃないです。ちゃんと許可は取りました」
「ウソだっ!?」
「ウソではないです」
許可は取っている。
彼女がうなずくことしかできなくなるまで体力をこそぎ落として、意識と理性を蕩したあとで、だ。
こうでもしないと許してくれない彼女が悪い。
万が一、彼女にバレてしまっては対策を立てられてしまうため、俺は早急にキスマークから話を逸らした。
「というか下着でそんな恥じらうことあるんですね? いつもスッポンポンで部屋の中を闊歩してるのに」
「ちがっ、だって、外と家じゃ違うじゃんっ」
ギュッと、彼女が恥じらいながら俺の腕に縋りついて距離を詰めた。
「そ、それに……ね?」
急にしおらしく見上げてくる彼女に、胸がときめく。
「今日は、その、かわいいの……着てて、まだ内緒にしたくて……」
は?
今、とてつもないでかい爆弾を落とされた気がして喉が鳴った。
「もうっ! 往来でこんなこと言わせないでっ!!」
一瞬、甘やかな雰囲気が流れ始めるが、ここが外であることを思い出した彼女が、照れ散らかしてキャンキャンと喚き始めた。
「俺のせいですか!?」
勝手にベラベラ喋ったのはそっちなのにっ!!??
もはや内緒の意味あるのかすら謎である。
出先でなかったらひん剥いてやるところだった。
むしろ出先であることが悔やまれる。
俺が露骨にテンションを上げるからか。
結婚して以降、彼女はかわいい誘惑をぶら下げてくるようになった。
ますます手のひらで転がされている。
「帰ったら覚悟してくださいよっ!?」
「……おリボンのカラフルパスタ作ってくれるって、れーじくんが言った」
ここにきて、まさかのご飯である。
輸入食品店で色つきのファルファッレを見つけて、ふたりではしゃいで衝動買いしたのだ。
買おうと言い出したのも、作ると言い出したのも俺である。
彼女の胃袋はもうすっかりパスタになっていた。
今さらなかったことにはできそうにない。
「そうでしたっ!!!!」
据え膳はしばらくお預けになるという事実に悶々とするのだった。
5/15/2026, 8:24:39 AM