霧の中で、1匹の狼に出会った。狼は腹を空かせており
私を見るなり食わせてくれと言ってきた。
「随分と直球なのね」
「今すぐ食いたい」
私は横たわった。
「どうぞ」
「いいのか?」
狼は目を丸くした。その表情は随分と滑稽だった。
「いいの。思う存分召し上がれ」
狼の鼻がくんくん私の匂いを嗅ぐ。
「足だけにしようか?」
遠慮がちに狼がそう言った。
「嫌よ。足がなくなったら歩けないし、そんな姿で生きていきたいとは思わないわ」
「では腕は?」
「一緒よ、なに?あなた私を残す気なの?」
ムッとして狼を睨む。
「いや、少し申し訳なくてな」
「何を言っているの?私も今までお肉をたくさん食べてきたわ。お互い様じゃない」
「だが、ここを歩くものは皆、大変な苦労をしてここまで登ってきている」
「そうね、それなりにきつかったわ。でももう終われると思うと清々しいわ。私、あなたに助けられたわ」
狼は少女の言葉に訝しげに首を傾けた。
「だが、あと少しで目的地につけるぞ。ここは狭間だ。腕を1本くれるだけでいい。足があれば目的地まで歩ける」
少女は狼にあっかんべーをした。
「嫌よ。私もう歩けないの。光の国へは行かないわ」
「そうか…光の国で会いたいものがいたのではないのか?」
「大事なのは光の国へ着くことではなかったの。愛したい人はいたけど、もういいの」
狼はますます、不思議そうに少女を見つめた。
「それで良いのか?その愛したい人に会えなくても。そのために苦労をしてここまできたのだろう?」
少女ははっきりとこう言った。
「いいえ、違うわ。私はあなたに会うためにここまできたのよ」
「私に会うために?」
霧が少女と狼を包む。
「ええ、はじめは光の国で私を待っている人と抱きしめあった後、光の国の力でこの不治の病を治して、その人と一緒に生きようと思ってたの」
「光の国は不思議な力があるからな。私がもしお前の片方の腕を食べても光の国に行けば、また腕が生えてくるぞ?」
少女は苦笑いした。
「言ったでしょ。私はあなたに会うためにここまで来たって」
狼は黙って少女を見つめた。
「あなたに肉体をあげるわ。もう私には必要ないのよ。今、はっきりとわかったの。私はあなたにこの肉体をあげるためにここまできたのよ」
「会いたいものに会えなくていいのか?」
「愛したいと思っていればまた会えるわ」
狼は少女の喉に噛みついた。窒息させると、少女を見つめながら呟いた。
「私も、君のことを愛したいと願うよ。また会えるように」
狼が少女をたらふく食べた後、一筋の光が狼を照らした。霧が晴れ、少女の目指していた光の国が姿を現す。
狼はしばらくその景色を見つめた後、踵を返し再び歩き出した。
『光と霧の狭間で』
10/19/2025, 1:22:50 PM