『耳を澄ますと』
これはとある屋敷で働くメイドのお話。
寝ぼけ眼を擦りながら洗面所へ向かう
わたしの耳に何かが聞こえてきました。
屋敷の外に広がる深い森からは
様々な生き物たちの声がします。
怪鳥の不気味な鳴き声 梟のホウホウと鳴く声
夜鷹の震えるような声 キツネの吠える声
ですがわたしの拾った音は
このどれでもありません。
それは屋敷の中から聞こえてくるもの
柱時計が時を刻む音ともう一つ。
ゔ…ゔゔ…ゔゔゔゔゔ
その声は、絶対に行ってはならないと
言われた地下室から来るものでした。
わたしは頭の中で鳴り響く警鐘を無視して、
地下へと繋がる階段を一段ずつ降りて行きます。
そして扉に手をかけようとした瞬間 ⎯⎯⎯
「ベッキー?」
背後から突然声をかけられ驚いて
心臓が止まりそうになりました。
「お、お、お嬢様?!」
そこにいたのはネグリジェ姿のお嬢様。
手にした燭台の炎が揺らめき、
暗闇の中に浮かび上がるそのお姿は
美しいだけではなくどこか蠱惑的です。
「こんな所で何していますの?」
お嬢様はわたしに尋ねます。
「あ、えっと、地下室から物音が
聞こえてきたので、誰かいるのかなって」
そう答えると、お嬢様はわたしの方へ
手を伸ばし、顔に張り付いた髪を耳にかけて
優しく頬を撫でられました。
「きっと寝ぼけていらっしゃるのですわ」
赤い瞳に見つめられると頭がぼうとして、
体から力が抜けていく感覚を覚えました。
くらりと前によろめくと、お嬢様がわたしの体を
支えて、幼子を眠りにつかせる母親のような
声色で語りかけます。
「おやすみなさい、ベッキー」
柔らかな胸に抱かれ、わたしの意識は
そのまま闇へと沈んで行きました。
5/4/2024, 5:30:10 PM