ひなた

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 人は落ち込んだり悩みを抱えたりしたとき、自然と向き合うことで再び生が吹き込まれる。

 陽の光を浴びる。気晴らしに海や山に出かける。紅葉や満開の花は美しく、瑞々しい新緑は目にも心にも優しい。

 秘境という言葉を聞くと殊更に胸が躍るような気持ちになるのは私だけだろうか。普段接することのできる自然よりも遥かに新鮮で、清らかな生をもたらしてくれそうで。

 私が生まれたときから自然は周りにあり、それにまつわる思い出も多い。幼稚園に通っていた頃は、帰り道に祖母と寄り道をよくしたものだ。暖かい陽気の春には、川沿いの道を歩くとそこには花筏が見られ、徐々に暑くなり始めると蝉の鳴き声が聞こえ、木々の緑の鮮やかさが増す。祖母が上着を羽織る頃には、赤黄に染まった落葉で埋め尽くされた道の上を歩き、雪が降り始めればその白さに目を輝かせる。当時はもちろん大した感情は抱けていないだろうが、今は思い出すだけで心が洗い流されるように心地よい。

 あれから数年が経ち、ここ最近は大学に通うために東京に行く機会が増えた。人の少ない田舎でぬくぬくと育ってきたものだから、都会の喧騒はあまりに心臓に悪い。田舎の人からは人間らしさを全開に感じるが、こちらの人々には全くそれがない。誰もが感情を失ったかのように、下された命令にただ従うかのごとく行き交っている。恐ろしくも、都会は私からも感情を抜き去っていたようで、寧ろ無の状態で往来するのが当然と思うようになってから既に久しいが、悲しいとも思えなくなってしまっていた。

 人の流れに乗るようにして駅の改札を抜けると明るい声が一筋聞こえてくる。人混みの隙間をやっとの思いで通り抜けた先にあった看板には、幼稚園の文字があった。辺りはお世辞にも自然豊かとは言えない。大きな道路が園を取り囲み車の往来が激しく、少し離れたところには住宅もちらほら見えるが、どうも落ち着かない。それでも子供たちは愉快そうな声をあげて遊んでいる。

 動物園に動物を閉じ込めてしまうのは動物が可哀想だ、という議論を見たことがあるが、その前にこの環境をどうにかしてあげたいと思うのは不自然なことだろうか。私が見てきた理想郷はここにはない。私が見てきた人間らしさもここの大人には見当たらない。

 この子たちの理想郷は一体どうなってしまうのだろうか――。

10/31/2023, 1:17:08 PM