霜月 朔(創作)

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雨音に包まれて



貴方には、ずっと、
忘れられない人がいて。
私にも、ずっと、
忘れられない人がいて。

欠けた心を持つ二人。
痛みを忘れたくて、
偽りと知りながらも、
お互いの温もりを求め合うには、
充分過ぎるほど、孤独でした。

私に愛を語る時も、
私に口付ける時も、
私を抱く時さえ、
貴方のその悲しげな瞳は、
過去を見ているのでしょう。

貴方は、私の耳元に、
甘く囁きます。
でも、私は、
それが偽りの愛だと、
分かっていながら、
優しく微笑み返すのです。

目を閉じて、
貴方の温もりに溺れます。
あの人を失って、欠けた心を、
貴方の偽りの愛で、
埋めようとするなんて、
私はなんと浅はかなのでしょう。

貴方の腕は優しい、
でも、知らない温もり。
瞼の裏から離れない、
誰よりも愛した、愛しい人。
懐かしい、その面影。

今夜だけは、せめて、
雨音に包まれて、
愛しい人との想い出の海に、
揺蕩い、眠りたいのです。

だから、お願いです。
私達が眠りに就くまで、
静かで優しい雨が、
大地に降り注ぎますように。

きっと、優しい雨音が、
私の、そして、貴方の、
孤独に震え続ける心を、
慰めてくれる筈ですから。

6/12/2025, 8:34:03 AM