いろ

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【カラフル】

 中学の入学式の初日、私たちに配られたのは幾何学模様の印刷された一枚の塗り絵と、12色の色鉛筆だった。
 自分の好きな色で、好きなように塗ってみてください。それを教室の後ろの壁に貼って、カラフルで素敵な絵にしましょう。そんなことを先生から言われて、ホームルームの時間に塗り絵を完成させた。青、緑、黄色。自分が好きだなと思った色を手当たり次第に配置して。
 そうして放課後、クラス全員分の塗り絵が貼られた掲示板を見て、私は小さく首を傾げた。
 一枚だけ、色のない塗り絵がある。ほとんどの面積が白のままで、ところどころに濃さの違う黒色が配置されているだけ。シンプルで簡素で、カラフルなんて言葉とは縁遠いはずのそれに、何故だか心が惹きつけられて仕方がなかった。
 気がつけば教室からは人がいなくなっていた。だけど一人だけ、満足そうにその絵を眺めている子がいる。ああ、確か白と黒の塗り絵の片隅に書かれた名前の子だ。
「ねえ、どうして色を使わなかったの?」
 思わず問いかけていた。ちらりと私へ視線を向けたその子は、不思議そうに首を傾げる。
「色なら使ったよ」
 少しだけ骨張った指先が、真っ直ぐに絵を指し示した。
「白も黒も灰色も、全部『色』だろう? カラフルの仲間はずれにしたら、可哀想だ」
 涼やかに告げる君の透き通るような声を、私は今でも覚えている。私の生きる狭く小さな世界、私の抱く常識、その全てを軽やかに壊していった声だった。

 そんなことを思い返しながら、目の前に飾られた絵画を見つめる。白と黒で描かれた水墨画。雄大に翼を広げた無彩色の鷹の瞳だけが、鮮やかな七色に光り輝いていた。
(やっぱり君の絵が、好きだな)
 世界中から評価される画家になった君は遥か遠い人で、直接この言葉を届ける術は、今の私にはないけれど。
 ほんの少しの寂しさと、それ以上の多幸感を胸に、私はただじっと『カラフル』と名付けられたその絵を眺め続けた。

5/1/2023, 12:09:37 PM