せつか

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暗闇の中に何かが蹲っている。
膝を抱え、周囲をきつく睨みつけ、身を固くして蹲っている、小さな子供。――あれは私だ。

暗がりの中で何かに怯え、何を恐れ、何かに怒りを抱えている、幼い私。
伸ばされた手を、掛けられる言葉を警戒し、その奥に隠された意図を探ろうとする疑心暗鬼に取り憑かれた私。子供の狭い世界には二つの存在しかいない。即ち、敵か味方か。
人を信用出来ない。血の繋がりがあろうと関係ない。私の場合はむしろ血縁者が最大の敵だった。

だから、戸惑う。
差し伸べられた腕の意図が分からない。
暗がりの中、ぼうと浮かぶ口元の、笑みが。
幼い私はその腕を振り払い、笑みを浮かべる口元を睨みつけるが、相手は笑みを湛えたまま、尚も腕を伸ばしてくる。

「何がしたいんだ」
ようやく口を開いた私に、相手は笑顔のままこう言った。
「君を知りたいんだ」
「――」

幼い私が子守唄代わりに聞かされたのは、欲と、怨嗟と、呪いだった。
「君を知りたい」
吹き込まれた毒と闇を溶かしたのは、たった一言、ほんの短い言葉だった。
差し伸べられた手を取って、幼い私が立ち上がる。
歩き出し、光に照らされた相手の顔は私がよく知る男のもので。

「おはよう」
そこで目が覚めた。



END


「暗がりの中で」

10/28/2024, 3:09:37 PM