22時17分

Open App

もしもタイムマシンがあったなら、私は過去に行きたい人たちを四〜五人乗せて、タイムマシンの設計図を敷き詰めるだけ敷き詰めて、ずっと見送る側にいたい。

これは子供の頃思い描いていた夢だったが、まさか大人になって本当にタイムマシンを作ることができるとは……


「グッドラック」
私はタイムマシンを起動した。
胸に期待を躍らせるように、機体114514号は激しく振動し始めた。
危険な香りのする震え冷めやらぬなか、白いロケット型機体はさらに白くなり、光り輝いて現代を超越した。
光が消えるとともにマシンも消えた。
無事、タイムマシンが過去に行ったようだ。

マシンに積んだ「タイムマシンの設計図」を過去の誰かが読んだら、バタフライ・エフェクトなるものでこちらの技術が先進しているはず。
しかし、実験後の楽しみ兼結果発表的時間帯。
紅茶1杯をお供に据えて、何か変化がないか注目していた。実験から45分が経過した。そんなものは起きない。
手先がカタカタと震え狂う。この一杯は自己ではなく他者由来でなければならないのに。

「くっ、今回も失敗のようだ」
私は、過去へ飛んでいった者たちを角砂糖に見立て、冷めきった飴色の液体に何個も溶かした。
それを一気に飲み干した――甘い。
この甘ったるい甘さのように、私の開発した技術に穴がある……どこだ、どこに不備があると言うんだ?

わからない。が、実験とは試行錯誤の連続だ。
甘いを通り過ぎて現代の苦々しい味に、もう一度誓った。私はタイムマシンを開発する稀代の偉大なる発明者の名に連なるはずだ。そうだ。ニコラ・テスラのような偉大なる科学者に……!

「おいおい、相変わらず辛気臭い顔をしてるじゃないか」

休憩室にてヤニを吸っているとき、同僚のイーロン37世が、陽気な顔をして声をかけてきた。
「ご先祖が見たら叱られるぞ。すごいしかめっ面で。昔ルパン並みの弾除けを披露したってのに」
「うるさい、それはファーストネームがたまたま同じだっただけの、僕ではない別の人骨だ。そっちは青い鳥を解雇したくせに、最近になってまたロゴに戻したそうじゃないか」
私の皮肉はどこへという感じで彼には通じない。
「はっはっは、それ、何世代前の話だ? 著作権が切れてフリー素材化しただろう。それで文句を言っていた連中とその子孫は、みんな死んでるんだ。関係ないだろ? それでトランプ」
 イーロンがまた陽気な声で言う。
「今回のビジネス、素晴らしいと思うよ」
「ふん。私は別にビジネスだとは思ってない」
「じゃあなんだって言うんだ。『タイムマシンビジネス』?」
「社会貢献だ」

私は狭い喫煙所から出た。今の時代、健康を損ねる毒の煙を吸うやつなど、世界のどこを探しても私くらいしかいない。ヘビースモーカーという言葉はもはや言葉の化石である。
気配がする。私の後を追いかけ、セリフも追いかけ。

「社会貢献、皮肉なものだな。お前の開発したタイムマシンを『安楽死カプセル』に利用するだなんて。アイデア聞いたときは、こりゃたまげたと思ったよ。悪魔だってびっくりさ」
「あのときはどうかしていた。実験続きで、ニコチン切れだった。早朝家に帰ろうと思った矢先、人身事故に巻き込まれて朝の3時間がパーだ。その時に思ったものを、政府に打診したまでだ」
「『もしタイムマシンを開発したら、乗組員は自殺志願者を乗せましょう』……それを採用しちまう政府も政府だ。それほどまでに処分に困っていた、ということなのか」

ニート、無職、引きこもり。
先行き不透明な小中学生不登校。
SNSでもただ社会の恨みつらみを文章にするだけで、有機的な行動はしない。
そのような居場所のない者たちに、シという名の救済を、シという名の経済ビジネスを。

安楽死価格3700円のところを、人生やり直しサービス込みで35000円って囁けば、藁にも縋る思いになる。
死ぬ前に人生をやり直したいという人はゴマンといる。その者たちをタイムマシンに押し込んで、過去に葬り去ろうとする。なんという夢のある慈善事業だ。
イーロンはSNSに居座る連中を蔑みの口調で語る。
もうすぐ実験室だというのに、全然途切れない。

「……いつまでついてくる。こちとら忙しくてね」
「ああ失礼」
 イーロンはスマホ画面を見せながら、
「君にインタビューしたいって言ってる物好きがこんなにもいるらしい。是非とも君本人にっていうが、君は断るだろう」
「そうだな、会見室が喫煙OKだったら一考の余地があるが、無理だろうな」
「そこでだ、君のしがない友人としてSNS会見の場を開こうと思ってる。場所は実験室兼タイムマシン発着場。
 オブザーバーとして私も参加するつもりだが、事前情報くらいは、と思ってね」

 例えばどんな質問があるんだ、と聞いた。

「どうしてタイムマシンを作ろうと思ったか? とかだ。社会貢献は、建前だろ」
「ふん、ならこう言えばいいのか。例えば、大量のニート(のび太)を生贄に捧げて、一体の天才(ドラえもん)を降臨させるため――といえば、インパクトはあるだろう。会見でのインプレッション数は、軽く億は稼げるか?」
「おいおい、ブラックな本音は慎んでくれよ」
「冗談、冗談だよ」
 イーロンはそれでも気が気じゃないと慌てる。
「ったく、少しは炎上リスクというものを考えてくれよ。胃に悪い」
「口は慎むつもりさ。会見中にタイムマシンに乗って逃げるなんていう失態、できればしたくないからね」

7/23/2024, 4:16:39 AM