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いま住んでいる部屋に引っ越してきて間もない頃ホームセンターで観葉植物を購入した。
緑色をしたモノは風水的に健康や癒しの意味があり、さらに金運までアップするといういいことづくめのアイテムなのだ。
先祖の墓参りや正月の参拝といった古の習わしを重視しつつ、自分に役立つ新しい情報は即座に調べて取り入れられる柔軟性を持った、まさしく温故知新の権化といっても過言ではない俺がそれを部屋に置かない理由はどこにもなかった。
「元気に育てよ」
俺は霧吹きで観葉植物に水をやって百均で買ってきた植物用の活力剤のようなものを与えてやった。

それから数年後、現在。
引っ越してからしばらくは綺麗に整頓されていた俺の部屋は、今となっては見る影もないほどに荒廃していた。
フローリングの床の上に直置きされた電子レンジの上に積み上げられている封すら開けていない書類の数々……
そのすぐ横には年中出しっぱなしのままな埃まみれの扇風機が我が物顔で狭い部屋のスペースを陣取っている……
そこから少しもない距離には適当に上へ上へと重ねられていった結果、ピラミッドのような形を保っている洗濯物の山々……
視線をちら、と移した先の玄関方面には大量の空き缶が詰め込まれているゴミ袋たち……
そして床の上に等間隔で並べられている、ちょっとだけ中身の入ったペットボトルの容器達。なにかの儀式だろうか……
とにかく俺の部屋はめちゃくちゃな状態だった。少し前に片付けをしたはずなのに、それからなにもしてないはずなのに、ほんの少し目を離すと自動的に部屋の中はゴミで溢れかえっていく。俺は呪われているのか?
はっきりいって俺の住んでいる部屋はゴミ屋敷一歩手前の状態だった。
もはや風水がどうとか暢気に語っている場合ではなかった。
しかし、そんなさんさんたる有り様の環境でも緑のモノは力強く生きていた。そう、昔ホームセンターで購入した観葉植物だ。
パソコンデスク横の台の上に鎮座しているソイツを見て思う。
(おまえは不死身か?)
俺がそう思うのも不思議ではない。
この観葉植物はどれだけ暑かろうが寒かろうが、水さえ与えてやっていれば枯れることなく今まで成長を続けてきていたからだ。
そこらへんの屈強な雑草を引っこ抜いてきて鉢に植え替えて販売していたんじゃなかろうか、と疑ってしまうくらいにはとんでもない生命力の持ち主である。
(そもそも、おまえはなんていう名前の植物なんだ? このまま育てていれば花を咲かせたりするのか?)
何年もただの草のままだったのに今になって急に開花したら、それはそれで本当に呪いみたいでちょっと怖いが。

冬が終わり、季節が変わる。春が訪れた。
暖かくなってきて、これからたくさんの花たちが咲き誇っていくのだろう。
けれどコイツは咲かない。咲けない。いつまで経っても得体の知れない正体不明な観葉植物のままである。俺と一緒だ。
生まれた時から草であることを宿命づけられている俺達は『フラワー』、すなわち花にはなれない。
けど雑草はしぶとい。こんなゴミ屋敷の中で水と酒を栄養に変えて生き続けている俺達が言うと説得力に重みが出る。
(そうだろ、相棒……?)
テレパシーで観葉植物にたずねてみる。むろん答えは返ってこない。
『フラワー』みたく可憐で直感的に人の目を惹く魅力はないが、俺達みたいな謎の草にも見る人が見ればわかってくれる泥臭い美しさがあるはずだ。
(そうだよな、相棒!)
観葉植物に向けて言い聞かせるように強めの念波を送る。もちろん、うんともすんとも言っちゃくれない。当たり前である。ばかみたいだ。
……非生産的なことを考えるのはやめて、ふう、と一息つく。
……とりあえず美しさ云々を語る前に汚部屋の片づけをしようと心に決めた瞬間だった。

4/7/2025, 9:51:17 PM