白眼野 りゅー

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 ゆっくり、ゆっくり未来へと向かっていく船に、君と乗っている。


【未来への船と共に】


 航海は順調。障害物ひとつない海の遥か前方に見えるあの小さな島に着いたら、そこで君と二人だけの楽園を築こう。

 上半身は人間で、下半身は魚。普通の世界では生きられない君と、僕は人生を共にしよう。

 がたん、と甲板が揺れた。何事か、と辺りを見回す。波が、明らかに荒立っている。見上げた空は、不安になるほどに真っ暗。

「まずい! 手すりに掴まって!」

 僕は君に向かって、叫ぶ。これはまずい。最悪だ。僕らがいる場所はちょうど海の真ん中で、船を降りて避難できそうな場所なんてどこにもなかった。慌てて船の帆をしまうが、小さな船は風の煽りを受けて落ち着きなく揺れ動く。

「どうしよう……」

 どうしよう、どうしよう! ろくな動力を積んでいないこの船では、海全体の大きな流れには逆らえない。このままだと、僕と君は船もろとも海の藻屑だ。しかし安定しない足場では思考もろくにまとまらない。どうしようもないのか……。

 ――ぽちゃん。

 音がした。雨と風が奏でる轟音の隙間を縫うようにして、それは確かに僕の耳に届いた。足元がふらつく中、どうにか音のした方へ向かう。

「……あ」

 手すりから身を乗り出して見下ろした荒れ狂う海は空の色を写し取ったようなどぶ色で、そんな無彩色の中にぽつんと、見知った色彩があった。荒れ狂う波を掻き分けて進む、美しい尾鰭。上半身は、人間。

 ……ああ、この船と運命を共にするのは、僕だけなのか。

 そういえば、彼女は有名な童話と違い人間の足を持っていなかったのに、一度も僕の前で声を発さなかったな。なんて、今さら気づいた。

5/12/2025, 6:48:48 AM