神木 優

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 私の目の前には異常な人がいる。腕が三本とか、頭が二つある……みたいな外見の異常性ではなく、不正解がないと言われている道徳の授業で唯一不正解を導き出し、そしてそれが当然の正解であるように発表してしまうような、そんな異常な人。
「メグちゃん、君はさ、大人に早くなりたい? それとも子どものままでいたい?」
 放課後の教室で異常者でありながら私が師匠だと慕っている神木くんは質問してくる。読書に飽きたらしい。私も読書をやめて神木くんの質問に答える。
「私は……子どものままでいいかな〜」
 その理由は? と、問われるが理由なんて早々思いつかない。考えるふりをして神木くんに質問を返してみた。
「そういう神木くんはさ、大人になりたいの? 子どものままでいたいの?」
 神木くんも悩む素振りを見せた。ブツブツと独り言を呟いている。真剣に悩んでるらしい。
 僕はね。そう言って答えた。
「僕はね、大人になりたいかな。大人になれば見た目にそぐわない……とか言われなさそうだし、学生服を脱ぐことができる」
 どういう理論でその結論に至ったのか私には分からなかった。そんな顔をしていたんだと思う。だから神木くんは一から説明してくれた。
「まずは大人と子どもの違いだ。子どものメリットは少年保護法で守られていることと子供料金が適応されることの二種類しかないと思う……反論は認めるよ。その点大人は子供料金が使えない代わりに、いくらでもお金を稼ぐことができる。少年保護法がなくても、法律さえ守っていれば警察の厄介になることもない」
 そう言ってニヤッと笑った。
「学生服のルーツを知っているかい?」
 そう聞かれて私は首を横に振った。
「学生服は軍服をモチーフにして作られている。もちろん、メグちゃんが着ているセーラー服もイギリスの海軍水兵が、巷でお洒落だと話題のブレザーもイギリス軍艦ブレイザー号の制服だったとされている。ここまで言えば分かるかな?」
 そう言われても私には分からない。
「僕は自由が好きだ。そんな自由が大好きで大好きで愛している僕の着ている服が自由とは真反対の、規制と規律の象徴だなんて、不自由に袖を通してるも同じじゃないか?」
 実際に面と向かって話していると、その悪魔じみたカリスマ性が、蛇を目の前にして死を悟ったカエルのような私の心に入り込み、納得させにきている。
 質問を変えよう。そう神木くんは言って目を細める。子どものままでいたい、そう理由もなく願っている私の心にヒビが入って、大人になりたいという悪水が心の中に浸水している気がした。
「安心と安全ではあるが、鳥かごに囚われた鳥のように空を夢見て見上げるだけの青空と、青い空に背を向けていても自由に飛べる鳥、君はどっちがいいんだい?」
 

7/25/2024, 11:21:34 AM