とうか

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最後の時間

「これで、良かったのかな」
「───うん」
「門を出て、記憶が消えても?」
「───うん」
そう返した彼の後ろ姿は、とても頼りなく見えた。
「────仕方ない、僕らはここで1度死ぬ運命なんだ」
私の座っている足元の木陰が揺れる。
「死ぬなんて大袈裟な。私たちは生きてるんだよ、みんなの分まで……残酷かもしれないけれど…でも、私も、あなたとここまで過ごせて、良かったと思う」
門を出たら記憶は消える。私たちは"用済み"だから。そしてそれぞれ別の地域に送られ、何事も無かったように生活するのだろう。
彼はゆっくりと歩み寄り、私の隣に座った。髪に落ちた木漏れ日がゆらゆらと輝いている。
「門を出る前に、こんなこと言うのは変かもしれないけど」
彼がこちらを向く。
「でも、僕が生きていくなかで、本当に好きになるのは、今もこれからも、君だけだと思う」
「…そっか」
私は足元の勿忘草を折って、彼に渡す。予想外の行動だったのだろうか、彼はきょとんとしていた。
「勿忘草。皮肉だよ」
私が微笑むと、彼ははっとして、そして静かに笑った。酷く悲しそうな笑みだ。今、私もこんな顔をしているのだろう。
私の手に彼の手が触れる。私はゆっくり目を瞑る。
彼の暖かな香りが鼻をかすめた。


『勿忘草』

2/3/2023, 7:09:00 AM