谷間のクマ

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《言い出せなかった「」》

「んじゃま……ハッピーバースデー、蒼戒!」
「お前もな」
 7月27日、午後7時過ぎ。俺(齋藤春輝)は双子の弟、蒼戒と共にカチン、と麦茶が入ったグラスを合わせる。
 今日は俺たち双子の16歳の誕生日。と言っても母さんは仕事でいないし、親父はとっくの昔に出て行ったので2人きりの誕生日パーティーだ。しかも蒼戒はこういう記念日とかに一切興味ないから、2人でおめでとうって言い合うだけの。
「やーっぱ毎年思うけどこれじゃ味気なくね?」
 俺は夕飯の冷やし中華を食べながら言う。作るのは蒼戒だから、夕飯が豪華になるわけでもなく、ケーキがあったりするわけでもないし。
「今更? 今更なのか? 何年この形式でやってきてると思ってる」
「いやしゃーねーのはわかってんだけどなーんか寂しいなーって」
 親父がまだ出て行ってなくて、母さんが今ほど仕事に追われてなくて、そして何より姉さんが生きていた頃は、もっと賑やかな誕生日だったのに。
「そうか? 俺はうるさいのは好きではないし、これで十分だと思うが」
「そう? ならいっか」
 蒼戒がいいならそれでいいと思えてしまうのは、やっぱり俺が弟バカだからだな。
「あ、そーいや今年はプレゼント用意したんだー。はい、これ」
「ありがとう……?」
 俺が差し出した包みを、蒼戒は疑問符を浮かべつつも受け取る。
「なんだこれ……、写真立て……?」
「そ。ちょっといいやつ」
「それはわかるが……飾る写真がないな」
「だからそれはー!」「?!!」
 パシャリ。
 俺は蒼戒の隣に行ってカメラを構え、写真を一枚。
「何するんだ春輝!」
「ふふーん、これ、飾ればいいでしょ」
 完全なる不意打ちを喰らってうろたえる蒼戒を横目に、俺は撮れた写真を確認する。うん、いい写真。
「ったくお前って奴は……。何が悲しくて自分の写真を……」
「いーじゃん別に。いい写真だよ?」
 俺は明日写真屋さんに行って印刷してもらおうと思いながら答える。もちろん、自分の分もな。
「そういう問題じゃない」
「えー。じゃ、これからもっといい写真撮ればいいじゃん」
 いつかできるであろう、彼女とのツーショットとか、いつもの5人の集合写真とか。
「………………」
「改めて、16歳、おめでとう。蒼戒」
 姉さんが死んだばかりの頃は、俺も蒼戒も心身共にぼろぼろだったからまさかこんな年まで生きれるだなんて思ってなかった。でも、ふたりでなんとかここまでやってきた。
「……ねぇ蒼戒」
「何だ」
「……ううん、やっぱ何でもないや」
「何なんだお前は。早くしないと麺伸びるぞ」
「あっ、忘れてた!!」
「ったく……」
 呆れたように蒼戒がため息をつく。
 蒼戒に言いかけた「大好き」と「これからもよろしく」は、何となく言えなくて、麺と一緒に飲み込んだ。
(おわり)

2025.9.4《言い出せなかった「」》

9/5/2025, 10:08:57 AM