川柳えむ

Open App

 ガララッと大きな音を立て、教室の扉が乱暴に開かれた。
 現れた男は、授業中だというのに、ツカツカと早足で中に入ってきた。そして、私の机の前で立ち止まると、こちらに声を掛けてきた。
「あなたはこんなところにいてはいけない。さぁ、行こう」
 そう言って、手を伸ばしてくる。
「何!? どういうことなの!?」
 私は目を丸くして言った。
「あなたには役目がある。姫」
 私を『姫』と呼んだ彼は、伸ばしてきた手で強引に私の腕を掴むと、そのまま教室から引っ張り出した。
 周りの声も聞こえないほど、ドキドキしていた。
 まるで逃避行のよう。
 彼は顔も整っていて、声も良かった。急に現れて、めちゃくちゃなことを言っているけど、それすら許されてしまうような。とにかく、素敵な人だった。
 気付けば、私は見知らぬ地にいた。ここは――異世界?
「あ、あの……」
 ようやく立ち止まったので、彼の背中に声を掛けた。
 彼はこちらを振り返ると、掴んでいた手を離し、頭を恭しく下げた。
「突然すまない。世界を探し、異世界まで探して、ようやくあなたを見つけたんだ。思わず乱暴な行動に出てしまった」
 何がなんだかわからないけど、そこまでして私を探していたなんて。さらにドキドキしてしまう。
「私の名前は『アレクサンダー』。『アル』と呼んでくれ」
「え、えっと、私の名前は『幸田 陽菜』。『ひな』って呼んでください」
「姫……いや、ひな。どうか、この世界を救ってくれないか」
 顔を上げ、真剣な眼差しでこちらをまっすぐ見つめてくる。
 世界を救う!? 私が!?
 一体、これからどうなっちゃうの~~~~!?

 ――という妄想をしていたら、退屈な授業が終わった。
 あぁ、このスマホの乙女ゲームみたいに、こんなことが起きたらなー。アル様に会いたいなー! まぁ有り得ないことはもちろんわかってるけどね。


『心だけ、逃避行』

7/11/2025, 10:42:02 PM