sairo

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「泣かないよ」

こちらに背を向け、彼は言う。
その視線の先には、小さな墓石。石を積み上げただけの簡単なその墓に、けれど埋まるものは何もないのだと知っている。

「泣きたいのはこの子たちだもん」

この子たち、というのは、今も彼の周りで漂ういくつもの小さな光のことだろう。
人の叶わなかった願いや後悔でできた光。彼はずっと、この光を見て、思いを聞いて生きてきた。
元来優しい子なのだろう。感受性が豊かであるが故に、こうして光が集まってくるのかもしれない。
また一つ、光が空から落ちてきた。見上げる空の果てに、流れた星の名残が白の線を描き、夜に解けて消えていく。願いを託された星が抱えきれず、あるいは受け取れずに溢れてしまったのだろう。

「ごめんね。お墓を作ることしかできなくて」

漂う光に優しく告げて、彼は作ったばかりの墓に手を合わせる。幼いなりに必死に考え、叶わぬ願いのための供養をしているつもりなのだろう。その純粋な心が痛ましく、泣くまいと耐える小さな背をそっと抱きしめた。

「泣いてもいい」

静かに告げる。大丈夫だと頭を撫で、それこそ願うように囁いた。

「泣いていいんだ。泣けない思いの代わりではなく、自身の心の望むままに泣いて叫べばいい」
「でも……」
「感情に蓋をして閉じ込めるな。でなければまた一つ、星に還れぬ光が増えてしまう」

戸惑い迷う彼を包み、大丈夫だと繰り返す。周囲の光もまた、同意するように瞬いた。
気づけば周囲には光が溢れ、まるで星空の中にいるかのようだ。腕の中で彼が感嘆の声を漏らすのが聞こえた。

「――きれい」
「元は星だからな」

星から溢れ、地上に落ちてしまったもの。叶わぬ願いの重さに大地に繋がれ、空に還ることもできない残り香。
その意味を理解して、彼はぽつりと呟いた。

「お星さまにはもう、戻れないのかな」

彼はやはり、どこまでも優しい。
苦笑して手を離し、近くの光を手に取った。振り返り、不思議そうにこちらを見る彼に微笑んで、そっと光に息を吹きかける。

「っ、わぁ……!」

ふわりと浮き上がり、ゆっくりと空へ上っていく光に、彼は目を輝かせた。食い入るように夜空に解けていく光を見つめ、頬を上気させて手を伸ばす。

「今の、どうやったのっ?僕にもできる?皆、お星さまに戻れるの?」
「落ち着け。そんなに一気に聞かれても答えられない」

矢継ぎ早の問いかけに口元を緩ませながら、伸ばされた手に自らの手を添えた。
ぺたぺたと手のひらや指の先に触れ、時に裏返して真剣に考えている。問う形はとっても自分で考えようとする姿勢はとても好感が持てた。

「手から何かが出てたのかなぁ?でも、ふって、息を吹いてたし、その時にお星さまになったのかなぁ……」
「星から溢れたものが、星そのものになるわけではないよ」

色々と考えることは良いことだ。彼の思考を否定するのは忍びないが、一つだけ訂正する。

「違うの?」
「正確にはね。星になるのではなく、空や星に解けて還ったんだ」

違いがよく分からないのか、彼は首を傾げて眉を寄せる。

「それは……この子たちにとって、幸せなこと?」
「幸せかどうかは分からないが、本来あるべき形には戻れるな」
「そっか……」

周囲の光を見つめ、彼は柔らかく微笑んだ。
握られたままの手を逆に取り、その手のひらに光を乗せる。目を瞬く彼の前で、もう一度光に息を吹きかけた。

「あ……」

瞬く光の中に浮かぶものが見えたのだろう。ふわりと浮かぶ光を目で追いながら、彼は小さく声を上げた。
叶わぬ願いを映した光。膝を抱えて蹲る少年の姿を浮かばせたそれは、息を吹きかけた瞬間に外を自由に走り回る姿に変わった。

「願いが叶った?」
「現実は変わらない。この光の中の子は今も、走ることはできないだろう……私がしたのは、ただ夢を見せているだけだよ」
「夢……?」

空へと解けた星を見届け、彼は切なげに目を細めた。
何を思っているのだろうか。泣いているようにも、安堵しているようにも見える横顔からは、正しく感情を推し量ることができない。
ややあって、彼はこちらへ向き直った。
真っ直ぐで純粋な目。強い意思を湛えて、願いを口にする。

「それは僕にもできる?」
「やり方は教えよう。やってみるといい」

そう告げると、彼は頷いて光を手のひらに乗せた。
光の中に一人きりで泣いている幼い少女の姿が浮かぶ。その痛ましさに彼は息を呑んで悲しげに眉を顰めた。

「この子の悲しみが伝わっているか?」
「うん。ひとりぼっちで寂しくて泣いてる」
「その悲しみを吹き飛ばすように息を吹きかけるんだ。それだけでいい」

手を包み込み、目を合わせて告げる。

「それだけ?」

小さく漏れた言葉に、苦笑しながら頷く。
それだけと彼は言うが、それがどれだけ難しいことか彼はまだ知らないのだろう。

「やってみる」

そう言って、彼は光を見つめた。
薄く浮かんだ彼の笑みは、しかしすぐに消えて眉が寄る。
悲しみだけを吹き飛ばすイメージが浮かばないのだろう。それは叶わぬ願いの根源を理解していないからだ。
この少女の願いは、かつてのように家族の側で愛されていたいこと。それが理解できたのなら、自ずと叶わぬ理由も理解ができる。
そろそろ手伝うべきか。そう思い口を開きかけるが、その前に彼は真剣な顔をして静かに息を吸い込んだ。
そっと息を吹きかける。悲しみだけが光から消え去り、泣いていた少女は家族に囲まれ微笑む姿へと変わる。

「っ、できた」

空へ上っていく光を見つめ、彼は笑みを浮かべた。その姿を見ながら、内心で驚く。
初めてで、正しく光を還らせることができるとは正直思ってはいなかった。だが彼の背後に作られた墓を思い出し、当然のことかと認識を改める。
誰よりも光に心を傾けていた彼ならば、理解できぬはずはない。

「よかった」

心からの言葉。
気づけば光を見つめる彼の頬を、一筋の滴が伝い落ちていった。

「よくできたな」

その涙には何も触れず、微笑んで彼の頭を撫でる。
上出来だと褒めると、彼はくしゃりと顔を歪めて抱きついた。
声もなく泣いている。強くしがみつき泣く彼を抱きしめ、その背を撫でる。
優しさ故に光に繋がれていた小さな魂。その繋がりを解きながら、そっと囁いた。

「還るのならば、途中までは一緒に行こう」

答えを察しながら告げれば、やはり彼は泣きながらも首を振る。

「ここにいる。皆を還してあげたいから」

それは永遠にここに留まることを意味している。
人の願いは尽きず、叶わぬものもまたなくなることはない。
どう説得すべきか。内心で悩んでいれば、それを察して彼の抱きつく腕の力が強くなった。

「ここにいたい。一緒にいたいよ」

そう願われてしまえば、何も言えない。溜息を飲み込んで、空を仰いだ。
夜空を駆け抜けていく星。時折溢す光が、またこの地に降ってくる。

「――ここにいるのならば、覚えることがいくつかあるが守れるか?」

辺りの光を見渡しながら、彼に言う。
いくつか混じる、仄暗い光。あれらに宿るものは重すぎて、夢を見せても浮かぶことはない。
彼はそれを受け入れられるだろうか。泣いてしまわぬだろうか。

「守れるよ」

迷いのない、はっきりとした声。
自分の不安を掻き消すように、顔を上げて彼は笑った。大丈夫だと、強く頷いてみせる。

「もう泣かないよ。一緒だから頑張れるもん」

無邪気な笑顔。
それ以上何も言えず、言葉の代わりに力強く彼の頭を撫で回した。



20260317 『泣かないよ』

3/18/2026, 9:56:26 AM