初音くろ

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今日のテーマ
《好き嫌い》





「うわ、お兄ちゃんがピーマン食べてる……」

兄のピーマン嫌いは筋金入りで、母がどんなに細かく切り刻んでも見つけ出しては避けていたほど。
私も小さい頃はあの苦味が嫌いだった。
だけど中学の頃には克服したし、高校の頃には他の食材と同様に食べられていた。
それに対して兄はと言えば、慣れるどころか頑ななまでにピーマンを避け続け、母も遂に兄の皿にはピーマンを避けてよそうようになったほど。
その兄が、細かくして見た目が分からなくなっているならまだしも、明らかにその形状を残しているピーマンの肉詰めを美味しそうに食べているのだから、私達家族の驚きといったらない。

「別に、このくらいどうってことないだろ」
「いやいや、どうってことあるでしょ。あのお兄ちゃんがピーマン食べる日が来るなんて」
「ハンバーグに混ぜ込まれた緑色の小さな粒を血眼になって避けてたあの兄貴が……」
「あんたもこの年になってやっと好き嫌い克服できたのねえ」

私はもちろん、弟も母も驚きと感慨に耽り、恐らくそれを克服させたであろう女性――兄嫁に尊敬の眼差しを向けた。
照れているのか、当の兄はふて腐れた顔で2つ目の肉詰めを口に放り込んで黙秘を決め込んでいる。
一方、義姉はそれほどまでとは思っていなかったのか、私達家族の反応に目を丸くするばかり。

「あまり好きじゃないって言ってたから、最初は苦味の少ない品種を探して試してたんですけど、それでも最初から食べてくれてたから、まさかそんなに苦手だったなんて知りませんでした」
「いや、兄貴のあれは苦手とかいうレベルじゃなかったから。憎しみすら感じるくらいの嫌いっぷりだったから」
「青椒肉絲の日は、この子の分だけ別のおかずを用意したりしてたのよ」
「お兄ちゃん、そんないじらしいところもあったんだね」

義姉と兄の馴れ初めは、兄の猛烈なアプローチによるものだったという。
彼女の容姿に一目惚れし、友達として少しずつ距離を縮めていく中でその人柄に惚れ込んで、長年口説き続けてやっと頷いてもらえたのだと、そんな話は兄の友人から聞いていた。
てっきり少し大袈裟に盛られた話だろうと思っていたのだが、あの兄がピーマンを我慢するほどということでその本気度が窺える。

「別に……嫌いって先入観で避けてただけで、食ってみたらそこまで不味いものじゃないって分かったからで」
「やめておけ、下手に誤魔化すと傷が広がるぞ」
「そうよ、お父さんの言う通り。経験者の言葉は重みが違うわね」

それまで黙っていた父が助け船を出すかのように兄に言うが、それを母が笑顔で追い打ちをかけて台無しにする。
義姉はそんな両親の言葉にくすくす笑って兄に優しい眼差しを送る。
独り者の私と弟は何となく居たたまれない気分になりながら、義姉の作ってくれたピーマンの肉詰めに箸をつけた。
ピーマン自体にも味がつけてあるらしく、確かに苦味はだいぶ軽減されている。これなら苦手な人でも食べやすいかもしれない。

「たしかに凄く美味いけど、あの兄貴だよ? ベタ惚れの彼女さんの手料理じゃなきゃ絶対食わなかったよな」
「それはそう」

こっそり耳打ちしてくる弟に、私も密かに、だが大いに頷いた。
恋に溺れると味覚も超越するんだなあ、なんて笑ってるけど、これは弟もきっと他人事じゃない。
さっきの話の様子じゃ父もそうだったみたいだし、我が家の男共はみんな揃って単純だ。

「あんたの人参嫌いも、彼女ができたら克服できるかもね」
「俺のは兄貴ほど筋金入りじゃねーし。一応食えるし」
「まあね、お兄ちゃんみたいに執念で避けたりはしないよね。噛まないで飲み込むけど」

肘でつつくと苦虫を噛み潰したような顔をする。
そういう反応はまだまだ子供っぽさが抜けないが、そんな弟にも少し前に気になる相手ができたらしい。
その相手は私の友達で、彼女は義姉に負けず劣らずの料理上手だ。
彼女も満更でもなさそうで、私は密かに2人がうまくいくよう応援している。

いつか彼女の手料理で弟が人参嫌いを克服する日がくるんだろうか。
そんな未来を思い描き、私はにんまり笑ってピーマンの肉詰めに再び手を伸ばしたのだった。





6/13/2023, 7:12:46 AM