かたいなか

Open App

某所在住物書きは過去投稿分の題目を確認した。
「星」は3月1日を起点とすれば、これで5度目。
「夜」も含めれば10、「空」も含めれば15。
なかなかの頻度である。

「もうだいぶ、ネタ使い尽くしちまったのよな。
池に落ちる雨を夜空の星空に見立てるとか、
花畑の黄色い花を星に例えるとか、
5枚花弁の桜吹雪は流れ星にしたし。普通に夜空を見上げるネタは昔々とうに文章にしちまったし」
物書きは天井を見上げ、途方に暮れる。
「ところで今の星座に『猫』って居ないらしいな」

――――――

最近最近の都内某所の某支店。
支店巡回で訪れていた本店側の人間を藤森といい、
本店側に茶を出す男を付烏月、ツウキといったが、
双方、揃いに揃って制服の、覆っていない肌の複数箇所が少々、あわれ。 蚊に刺された跡がある。

「どしたの。かゆみ止めの治験バイト?」
支店勤務の後輩としては、2名の状況に目が点。
その間も付烏月は人さし指の痒々ポッチに、スティックタイプのかゆみ止めを塗っている。
彼等は何をしでかしたのか。要するに「星座」だ。
付烏月が口を開いて、言うことには、
「過ぎゆく夏の思い出作ってたら虫除け忘れた」


…――時は昨晩までさかのぼる。
「夏の終わりに星座でも」。付烏月が藤森を連れ出したのは、キャンプに対応した公用スペース。
貸し出しの焚き火台に木を組み、火を燃やし、
パチパチ、ぱきん。都心に比べれば光量の少ない薄暗闇に、オレンジ色の灯火をこしらえた。

『星座って、今は88個あるらしいよ。藤森』
最初に話題を提示したのは付烏月であった。
『そのうち昆虫を星座にしたものが1個、「みなみの」なんて方角の前置きがあるのが3個。
動物の星座は、こぎつね座にこぐま座、おおいぬ座にりょうけん座。いるか座なんてのもある』
人の想像力は面白いね。藤森。
付烏月は比較的光量少なめの夜空へ視線を向けた。

『何が言いたい、付烏月さん?』
パチパチ、ぱきん。薪の世話をする藤森は疑問形。付烏月の意図が分からないのだ。
天体観測といえば光害少ない山や田舎がセオリーの筈が、付烏月はキャンプスペースへ藤森を連れてきた。煌々と他者の置き照明が焚かれた場所へ。
『夏の終わりに、星座を見たかったんだよ』
答える付烏月は主張を変えない。
『猫の星座を、見つけたかったの』
ただ、頭上の黒だけを見上げていた。

『猫の星座?』
『そう。ねこ座、こねこ座』
『今の時期に見えるのか、付烏月さん?』
『見つけるの。探すの』

どういう意味だ、付烏月さん。
藤森はただ首を小さく傾けるばかり。
パチパチ、ばきん。焚き火は経緯と結果を知っているのか、大きな音をたてて火の粉を吹いた。


――…「タネ明かしをするとね」
場面は元の場所へ戻る。手首をカリカリ掻いていた付烏月がため息ひとつ吐いて言った。
「昨日、ウチの支店の常連さんから、俺の趣味のお菓子作りのことでオーダーが入ったの。
『存在しない「ねこの星座」をモチーフに、ウチのミーちゃんの供養ケーキ作って』って」

無いもの頼まれて、しゃーないから星座を見に行こうってんで、丁度暇してた藤森に声かけたと。
白状する付烏月は何のインスピレーションも湧いてこなかったらしく、その夜は蚊に刺されただけ。
藤森に至っては誘われ損であった。
二度目のため息を吐き、付烏月は机に突っ伏す。
カリカリカリ、かりかりかり。
「モチーフの神話、童話、なんなら星座の形も無いらしいもん。どうやって作れってさぁ……」

あー、そういえば、そんなことが昨日。
話を聞いていた側としては、左様でございますかの比較的わりとどうでもいい感。
パチパチ、ぱち。まばたきを繰り返している。
星座など黄道12〜13星座程度しか、具体的な話は、いやそれでも「はくちょう座」などは。

「……ちなみに」
今まで沈黙していた藤森が、己のスマホを、正確にはネット検索のスクリーンショットを示した。
「88星座に、無いだけらしい」
小さくささやく声、軽く指で示される文章。
「ねこ座」の検索結果の上位は以下のとおり。

『ねこ座は今は使われていない春の星座のひとつ』
検証せず、人の言葉を鵜呑みにするのは危険だ。

10/6/2024, 5:45:51 AM