たかなつぐ

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 テーマ『大好きな君に』

 私はずっと、君が大嫌いだった。
 全然、私の理想通りの君じゃないんだもん。

 他の子みたいに運動ができるわけでもない。スタイルが良いわけでもない。特別に何かが得意っていうことでもなくて、ただそこらへんにいる一人の人間。
 そんな君のことが、私は心の底から大大大嫌いだった。
 
 もっと、誰かに愛されるような人間だったら良かった。
 もっと器量がよくて、可愛くて、みんなにキャーキャー言われるような。
そんなキラキラした子だったら良かったのに。
 なのに、君はそうなってくれなかった。ただ私のそばに立っていて、ずっと私のことを見つめて、ただ静かに首を振っているだけ。
 
 ……ホント、訳わかんない。黙ってたって、何もわからないのに。
 もっと喋れよ。私が君を否定したら、「嫌だ」とか「うるさい」とか、抵抗してみろよ。
 私は何度も何度も君を突き飛ばした。殴ったり、蹴ったりして、たくさんたくさん君を傷つけた。
 それでも君は、ただ黙って首を横に振った。そして、何でもないふうにこう言うんだ。
 『あなたの本当の気持ちは、それじゃないでしょう?』

 ──なんでだろう。君のその言葉に、私の目から涙が溢れ出た。
 胸が痛い。君のことを傷つけてもなにも感じなかった胸が、今更になってズキズキと痛みだす。
 本当の気持ちって、なんだよ。ただ黙ってるだけのくせして、知ったかぶりするんじゃねぇよ!
 叫んでも、胸にぽっかりと空いた虚しさが消えない。
 また、いつもみたいに殴りたくなった。けれど、右手がちっともいうことを聞いてくれない。

『いくら痛めつけても、あなたが望むものは得られないよ』
 そう語りかける君の悲しい視線が、私の心を覗き込んでくる。
 
『さあ、言葉に出して。あなたが本当に欲しかったものはなに?』
「そんなの、分かんないよ」
 うつむく私に、君は追い打ちをかけるように言葉を重ねた。

『いいや、あなたはもう分かってる。どうして、キラキラしてなきゃいけなかったの。どうして、誰かに称賛されなきゃいけなかったの』
「そんなの、優秀な方がいいに決まってるからじゃない」

『優秀だと、なんでいいの』
「それは、常識的に考えたらそうなるじゃない」
 
『それならどうして、あなたはワタシをそんなに傷つけたがるの』
「それはッ……あんたが、私の望むようにならないからでしょ!?」
 今度こそ右手を振り上げた。しかし、あっけなく受け止められてしまう。思えばこれが、君が私にした初めての抵抗だった。

『違う。あなたは、愛されたかったんだ。自分のすべてを否定して、本来の自分を捻じ曲げてでも。君は、君の親や周囲の人間に愛されたかったんだよ』
 その言葉を聞いて、私の全身からぱたりと力が抜けた。
 崩れ落ちた私を抱きとめる君は、これまで見たことのないくらい優しい表情を浮かべている。
「……なんで、そんなに優しい表情でいられるの。私はこれまで、散々君を傷つけてきたのに」
『嫌いになんてなれるわけないよ。……だって、ワタシはあなたが生まれた瞬間から、あなたのことが大大大好きなんだもの』

 私を抱きしめる君の腕は温かくて、なんだかとても安心する。
 乾いていた涙がまた、ぽつりぽつりと頬を伝って流れ落ちた。
「……私、なんの取り柄もないんだよ」
『そんなことはない。あなたが生きていてくれるだけで、ワタシはとても嬉しいんだ』
「頭だってそんなによくないし、他の人より仕事だって遅い」
『人それぞれのテンポがあるんだ。あなたはあなたのペースで、精一杯生きていけばいいじゃない』
「いい成績を取ったり、リーダーの役割にならないと……私の両親は、私を褒めてくれなかった!」
 まさか、ここで親への不満が出てくるとは思わなかった。
 私の両親はお金に不自由しないように養ってくれて、毎日生活のこともやってくれて、感謝している。……そんなお父さんとお母さんのことを悪く言うなんて、私はなんて親不孝なんだろう。
 叱られると思って、私は思わず首をすくめた。

『そうだね、辛かったよね。……これからは、ワタシだけが知ってるあなたのいいところ、たくさん褒めてあげるからね』
 君は、そう言って私の頭を優しく撫でてくれる。
「……なんで。私のこと、叱らないの?」
『どんなことであれ、あなたが感じたことをワタシは否定したりしないよ。親への感謝もある。けれど、もっと褒めてもらいたかったっていう不満もある。それでいいんだよ。親に褒めてもらえなかったぶん、これからたくさん褒めてあげようね』

 よく見ると、君の腕や頬、体中は酷く傷だらけになっている。
 その全てが自分のせいだと気づいたとき、私の胸の中で重い罪悪感が膨らんでいった。
「……たくさん乱暴して、酷いこと言って、傷つけて。……ごめんなさい」
『大丈夫だよ。あなただって苦しかったよね。よく耐えたよね。えらい、えらい──』

 急激に眠気が襲ってきて、私は心地よいまどろみの中に落ちていく。
『いつだってワタシは、あなたの味方だからね』
 最後に聞こえた君の声は、私の胸にいつまでも響いていた。



 ──小鳥の鳴き声が聞こえる。カーテンを開け、私は窓に降りそそぐ陽の光を全身に浴びた。
 いつも気だるい朝なのに、今日は珍しく寝起きがいい。
 夢の内容はあまり覚えていないが、なんとなく体の奥底から力がみなぎってくる気がした。
「……おはよう、わたし」
 鏡に映った自分の姿に、私はにこりと微笑みかけた。

3/4/2023, 12:46:43 PM