昨日雪が降ったから期待したのに、カーテンをしめているうちに雲は晴れてしまったらしい。今日も寒い。ただ寒い。洗濯物を干し終わった手がかじかんでいる。
「はー」
ユキとルビンさんはこたつとソファでそれぞれごろごろと眠っている。大人は酒を飲めてずるい。はやく大人になりたい。床に転がっている缶と瓶をそれぞれゴミ袋に放り込んで口を縛った。
はやく大人になりたい。
「飼い殺し……」
昨日、うとうとまどろみながらふたりの話を聞いた。おれが起きてるってことは、たぶんルビンさんは気づいていただろう。ユキはどうかな、でもおれがいるところで話をするってことは、俺に聞かれてもいい話だろう。
このままじゃ、いけないんだろうか。
自由に働いて、自由に生きる。そう言われても、べつにやりたいことなんてない。今まで通り、自分とユキの服を洗って、掃除をして、料理を作って、本を読んでゲームをして。それじゃいけないんだろうか。でもたしかに、ルビンさんのいる協会は吸血鬼みたいなのを保護する団体らしいから、ルビンさんと(おそらく)同じ人間のおれが、協会に保護されているみたいなこの状態はおかしいのかもしれない。
昨日行ったスーパーのことを思い出す。それから、よく行く図書館。そういうところには必ず誰かが働いている。ルビンさんだってそうだし、たまに聞こえる石焼き芋の車も、働いている人。この世はもしかして、みんな働いているのか? そう考えたら、健康なおれがなんにもせずに、ユキの近くに居座っているのはおかしいのかもしれない。
「……」
ユキの近く。
おれは生まれてこのかた、ユキの近くから離れた記憶がない。昔、一度だけ協会に預けられたらしいが、ユキいわく「お前にあってなさ過ぎた」から引き取りなおしたと聞いている。おれは何にも覚えてないけれど、つまりその、おれは、ここ以外を知らない。雪の降らない冬を知らない。夏しかない場所を知らない。砂漠を、氷の山を、温かい海を知らない。
……ダメなんだろうか、知らないままでは。
ずっとこの町のこの部屋で過ごしている吸血鬼のことを思う。日光に当たったら灰になるという吸血鬼の本を「んなわけないだろ」と言って笑った日のことを。
俺がいるせいで、ユキは出られる外に出ないのだろうか。
だとしたら、おれはユキから離れ、自由に生きてどこでも行くべき、なんだろうか。
まとめ終わった瓶と缶の袋を縛り、もう一度ベランダに出る。飲み過ぎだ。次の瓶と缶の日には袋がもう一つ増えているかもしれない。ベランダの手すりの向こうに目をやった瞬間、強い風が吹いて思わず目を閉じた。冷えた耳が痛む。干した洗濯物がはためいて、柔軟剤が風に溶けて香った。
風がおさまって、ゆっくり目を開ける。何かの鳥が一羽、遠くの空へ迷いなく飛んでいくのが見えた。
1/10/2026, 5:36:27 PM