谷崎じゅん

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私には初恋の人がいる。
何故、過去形で表記できないのか。

それは現在進行系で恋をしているからである。

では、何故好きな人と表記しないのか。
それは叶わぬ恋だからである。

私がちっぽけなランドセルを背負い笑顔を浮かべる頃、
あの子は慣れないスカートとローファーに戸惑っていた。

あの子が桜の木の下で黒い筒を片手に笑顔を見せる頃、
私はようやく本当に大切にしたかった人を見つけた。

あの子は高校卒業と同時に嫁に行ったのだった。
年齢は彼女より一回りも年上の紳士だった。

そして結婚式、彼女は白いハイヒールを履いていた。
かつかつという乾いた音とは裏腹に足取りは乱れていた。

私は茶色い皮の少し薄汚れたスニーカーを履いていた。
革靴に似せた、大人ぶったスニーカーだった。

私は彼女の従兄弟という身分なのでリングボーイなんていう役を回され、ヴェールを被った彼女の元へこつこつと湿った音で、かつ整った足取りで真っ直ぐ歩いて行った。

今思うと、私と彼女は似ていたのかもしれない。

新婚旅行でハワイへ向かう彼女を笑顔で見送ってみせた。

彼女は今度は真っ赤なハイヒールを履いていた。
ふわふわと優しい雰囲気の彼女には全く似合っていない。

足取りも相変わらず危うい中、紳士の腕に何とか縋り付いて歩いていた。彼女も大人ぶっていたのだった。


新婚旅行先で彼女は死んだ。理由なんぞ忘れてやった。
あんまりにも情けない死に方だったからだ。

取り残された紳士の元を訪ねると彼女の遺品を見せてくれた。何本もの折れたヒールと、使い古された桃色のパンプスだった。


紳士は「彼女、僕に似合う人になりたいからってハイヒールなんて履きだしちゃってさ。本当に僕には勿体ない人だったなぁ。」なんて惚気気味に言うものだから肯定するしかなかった。



「ハイヒール、やめてみたら?歩きにくいでしょ?」と彼女にいつしか聞いてみたらきっと、『貴方に私の何が分かるっていうの?』と答えてくれるであろう。というか、そうでなければ私はやり切れない。

いつの日か、私もあの人の元へ行く。その時は私も赤いハイヒールを履いて彼女をからかってみせようか。いいや、真っ黒な革靴でも履いて見せびらかしてやろうか。…でも私が大人ぶった所で無駄かもしれない。

私は今、中学1年生。彼女は享年19歳。

私は最後まで彼女にタメ口をきいていた。もし彼女が「私の方が歳上なんだからもう少し丁寧に喋ってよ」とでも言ってくれたら、こんな事にもならなかったろう。

曇った空に私の愚かさが残っていった。

もう少しだけ彼女が待ってくれるのなら、私は…。

2/14/2024, 7:34:38 AM