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 鼻がむずむずしていた。ここ最近で冷え込むようになったからもう1枚着込めばよかったとティッシュで鼻をかんで過ごして。
 ピピピッ!
「…風邪だね」
 ずび、と鼻をすする私と体温計を持った彼。体温計に映し出されたデジタルな数字は38℃を超えていた。せいぜい微熱かと思っていたのに。
「電話した時も鼻声だし、おかしいと思ったよ。吐き気は?食欲はある?」
 ヒアリングしてテキパキとベッドサイドに水、薬、タオルが置かれて、起き上がろうとすると「横になってて」とベッドに戻された。
「軽いもの作ってくる」
 そう言ってキッチンへ行く彼を見送って数分後。私の症状はものの見事に悪化した。
 蜘蛛が背中を登っていくような感覚がとても気持ち悪い。一匹じゃなく何匹も這っている気がして背中をベッドに擦り付ける。悪寒は良くならなくて不快感が増した。
「んん…」
 熱くてぐらぐら煮え立つよう。自身の手を顔や首に当てると想像していた以上の熱で、額に乗せてあった濡れタオルはすでにぬるくなっていた。ゴミ箱もティッシュで埋めつくされていた。
「お待たせ、まずはひとくちでも食べ…うわ!?」
 ぬるいタオルを円を描くように振り回したあと顔全体に乗せていたから、彼を驚かせてしまった。
「真っ赤になって…すごく熱そうだね」
 額に置かれた彼の手が冷たくて気持ちよかった。そのまま首もとにも持っていき一時的に熱を吸い上げてもらう。
「手、欲しい…」
「俺が困るな…」
 そのまま取り込めたらいいのに。正常に動かない頭でそう考えていた。
 ひとくち、ふたくち。スープを飲んだあと薬を飲む。彼はこの後、薬と消化に良いものを買いに出掛けてしまうと言った。居なくなると知ってしまえば途端に寂しくなる。風邪で弱っているからかマイナスの感情が五割増しになっている気がする。
「待って、行かないで」
「君が眠るまで傍にいるよ」
 寝たら行ってしまうんじゃないと、睡魔に負けまいとする私に彼は穏やかに微笑んで、優しいリズムを作り出す。心地よいリズムと彼がいる安心感で私は、あっという間に眠りに落ちた。

 時折、苦しそうに顔を歪めた君に触れる。さっき触った時よりも熱さが増していてこれから辛くなるんだろうなと思うと胸が痛い。以前、風邪を引いたときは熱の高さが尋常じゃなく、切なくて一人泣いていたと聞いた。だから君が寝た後に買い出しに行くことに決めた。寝まいと手を握る君が幼子みたいで、でもすぐ寝入ってしまって相当キツいのだろう。
「すぐ帰ってくるよ」
 火傷しそうなおでこにキスをして、俺の代わりに大きなぬいぐるみをシーツに埋めて、また一人で泣くことがないように早足に家を抜け出した。

10/24/2023, 9:37:02 PM