サラサラと、万年筆が原稿用紙の上を滑る音だけが響く、書斎。他に一切の雑音を聞こえさせない。この万年筆の音すら無くなってしまえば、私は自身の筋肉が振動している音さえ聞こえてしまうのではないかと言うほど、無音に等しい。
そしてこの空間で書を書けることが、今となっても誇らしげに思える。
私が書いていたのはただの一作の物語―いや、「書かされている」という受動態の方がいっそ正しいかもしれない。何故ならこの万年筆の音は私が意図している音では無いからだ。何、シンプルに言えば腕が勝手に動いているようなもの。故に私もこの先の展開が分からない。だからこそ、面白みがあるというのだが。
しかし、今私の前に「書かれている」物語は、ありきたりで、陳腐で、根の腐った植物のような、つまらない物語だ。俗―長いこと外の世界からこの書斎に遮断された私にそのような言葉を使う資格があるかどうかは疑問だが―に言えば、戦士と魔王の話だ。いやはや実につまらない。しかし筆は動き続ける。一定のテンポで、まさにこの筆の1秒ごとに話も1秒更新されていく。
気づいた者もいただろう。私はこれまで物語と表現していたが、実際のところ、人の人生も物語だ。
だからこそ私の手は止まらない。なぜならこんなつまらない作中を長々と続けさせるこの忌々しい戦士が生きているからだ。しかし私からは何も出来ない。出来ることなら、こいつの頭に象でも落としてやったんだが。
つまらない作業だが、時折興味深いことも起きる以上、辞めることはまぁできない。
そら、もうすぐ転じるだろう――何?
…ありえない、まさかありえない。ただでさえ下らないこの物語は、魔王さえも戦士の玩具か?こんな容易く魔王は殺されるのか?
神の作る作品にケチはつけられないが、いやはやこれは。最早嫌がらせに等しい。こんなやつの最期まで描き続けろと私に言うか?
ふざけるな。
私は無理やり自分の動き続ける腕を引っ掴んで、下に引きずり下ろした。
バリバリバリ、と、唯一書く音しか聞こえなかったこの書斎に、紙が破かれる音が響く。
これで、良し。私はそのまま拘束していた腕をようやく離す。そして破れた、つまらない、掃き溜めのような原稿用紙を退け、新たに用意する。いっそのことこの戦士の物語全てを白紙に戻したかったが、やはり長編は厳しい。
さぁ、戦士よ。
「やり直しだ。」
私は再度、筆を取り直した。
サラサラと、万年筆が原稿用紙の上を滑る音だけが響く。
1/26/2025, 8:47:56 AM