旅舟

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詩『約束』
(裏テーマ・1年後)


 1年後に会う約束をした。
 今日がその1年後だった。

 私は一人暮らしの老人です。
 そんな私の家に一年前、空き巣に入ったのが彼だった。
 私は熱中症で倒れていて、それに気づいた彼はすぐに救急車を呼んでくれた。
 私が不安がり頼る親戚もない天涯孤独と知ると看病までしてくれて、私が貧乏でギリギリの生活だと知ると、病院のお金まで払ってくれた。
 本当に馬鹿で優しい若者だった。

 私の友達で看護師の50代の彼女は、貧乏でも土地も家も自分の物だから遺産を狙ってるんじゃないかと心配してくれた。
 だけど彼も施設で育ち、天涯孤独で世の中を恨んでいて、お金を持っている老人からお金を盗むことは悪いことではないと思っていたようで、そんなことを話してくれる彼の顔が嘘をついているようには思いたくなかった。

 そして私が退院して元気になった時、私は彼にまじめに働いて頑張れって言ったら、なんとなく考えるような態度から少し間があいて、それから小さく頷いてくれた。

「約束しませんか?」
 私は彼の未来がとても気になったので、どうにか彼の今後が知りたくて変なお願いをしたのです。
 1年後の今日、私に会いに来てくれとの約束です。
 ちょうど日曜日になるのを私は知っていたので、昼の12時に私の家に昼ご飯を食べに来ないかと話したら、最初は嫌がる素振りもありましたが、来れたら来てやるって言って去って行きました。

 もうすぐ正午です。
 私はまえの日からそわそわしてました。
 いくらなんでも赤の他人で泥棒に入った老人の家にのこのこ1年後に来る馬鹿はいない。そう思いながら期待する自分がいて、今朝は早朝の5時から起きてちらし寿司やポテトサラダや唐揚げを作っていた。若い人の好む食べ物は分からないので友達の看護師さんに聞いたら唐揚げなら安く作れて嫌いな男の子はいないって教えてくれたのです。

 もう30分が過ぎた頃、私はあきらめていました。
 やっぱりそうよね。来るわけないよね。
 そして気分をまぎらすつもりでテレビをつけた。

 今日は母の日で、街はとても賑わっていた。
 天気もいいし、友達とどこかへ遊びに行ったのかな。約束なんか覚えていなくてあたりまえだ。そう思っていた時、
「ピンポーン!」
 私は少女のように驚いてしまった。まさか、よね?
 玄関を開けると、スーツ姿の彼が立っていた。
 手には赤いカーネーションの花束を持っていた。
「ごめんね遅れて、おばあちゃん。花屋で手間取って。花なんて生まれて初めて買ったよ」
 彼の声はうわずっていて呼吸も苦しそうだった。
 緊張しているのか急いだせいか、少し顔も赤く見えたが、その笑顔は清々しくて、私は年甲斐もなく恋しそうだった。

 彼はあのあと清掃のバイトをしていたそうだ。そして少しまえに正社員になれたと言っていた。
 今は営業の仕事をしていて、それでスーツ姿の自分を見て欲しかったとも言っていた。
 まだ彼女はいないそうだ。
 ただ、好きな女の子はいるようだ。照れてはっきりは言わなかったけれど、あれはいる。…残念?
 彼は唐揚げもよく食べたが、特にちらし寿司が珍しかったようでよく食べた。

 彼が帰ったあとに気づいた。
 椅子の上に封筒があり「昼飯代」と書かれていた。中には1万円入ってた。そして便箋も。

「俺は変われて、人生が楽しくなった。恨みながら生きるより、感謝しながら生きる方が百倍、人生が楽しいことを知ったよ。ありがとう、おばあちゃん。いや、恥ずかしいけどいいよね?…大好きなお母さん」
 そう書かれていた。

 それからは時々、訪ねて来てくれて雑談をしてる。
 彼女には振られたようだ。

 私も老後が少し、楽しくなった。
 本当は騙されていたとしても、疑って生きるより、信じてる方が人生は、とっても楽しい。

5/8/2024, 6:31:50 PM