Open App

天つ風 雲の通路 吹き閉じよ をとめの姿 しばし留めん。中学2年生の時に百人一首の宿題があった時に覚えたものだ。何も知識もない私からみるとこれを詠んだひとは下衆い人なんだなと思った。
それから3年半ば少し経った私は今その歌を反芻している。家で作ったサンドウィッチを食んで真っ白なきゃんばすに絵の具という情報をこぼしている。
絵を描こうと思ったのは中学3年生の頃だ。絵を描くより本を書く方が好きだった私は絵がとても下手で98点だったのに評定は四だった。だから内申点もとりたかったし絵を練習し始めた。すると存外これが楽しい。目が自分なりに上手く描けると舞い上がってしまう。
やがて私は絵師を志すようになった。志望校もかなぐり捨てて美術の専門高校に入った。
でも生まれつきの不器用さゆえか凡人より上程度の実力にしか到達することはできなかった。
だから単位が吊り橋の様に危機的な状況になっている。教師にも親にも怒られて私はこの道はダメなんだろうか。と思いながら何となくふらっとこの丘に立ち寄った。公園っていうのはつまらないものだなと私は思うけど描いてしまう。私にはこれくらいがちょうどいい。やっぱり普通に進学すべきだったのだろうか。
絵を描いていると気分が重くなってしまってすぐに描くのをやめてしまった。雲を眺めてあれは羊だ。あれはアイスだとか幼児がやる様な遊びをしているといきなり天が割れた。文字通り。雲が晴れて青空が切り裂かれてそこに何が蠢いている。それは白い龍だった。あまりの美しさに私は無意識に筆を握っていた。
写真とか無粋なことはしない。このキャンバスにこの光景を閉じ込めたかった。何かが変わって何かが終わる音がした。これが芸術というものか。美しさの化身である龍は鳴いた。その音はどんな名曲にも勝る天上の音色だった。背景を描き終わって龍に取り掛かろうとしたら雲がまた集まり出した。待って、待ってくれ。まだ見ていたい。天つ風が雲を吹き閉じてくれる様に私は願った。その詩人の気持ちを身をもって理解した様な瞬間だった。それから5年私の家の壁には美しい空と真っ白な龍の様なシルエットが浮かんでいた。

お題遠くの空へ
この物語は半分フィクションです。
ここまで読んでくださってありがとうございました。

4/13/2024, 5:24:39 AM