『大切なもの』
前に書いた小説を貼っておきます。
無駄に長くて申し訳ないですが、読んでいただけたら嬉しいです。
その男は金を貸してくれると評判だった。
金貸しではないが、自分の1番大切なものを預けると、相応の金を貸してくれたのである。
もちろん、金を返せば1番大切なものも返してくれたそうだ。
ただし、滅多に会うことが出来ず、金に困っていると、どこからか現れるという噂であった。
ある男はたいそう正直者であった。
うそを知らず、人を疑うことも知らなかった。
そんなだから、よく人にだまされ、バカにされたが、男はいつもニコニコしており、だまされたとて気に病まなかった。
ところが、あるとき大金が必要な窮地に陥った。
また、だまされたのだ。こいつは困った。
金の工面も出来ず、途方に暮れ、男から笑顔が消えていった。
ある月の綺麗な晩、どこからともなく、ひょろながい男がやってきた。噂の男だった。
「あなたの1番大切なものを預ければ、金を工面をしてやる」と言うのである。
正直者の男は、面食らったが、とにかく金に困っていたから、1番大切なものを考えて、家と畑を預けることにした。
ところがひょろながい男は、「そんなたいそうなものだと、ありあまるほどの大金をお渡ししなければなりません。わたくしは鬼ではないのです。仕事も家も失えば、あなたはどうご返済されるのですか?元より金を返すつもりがないのですか?」ときた。
正直者の男は、困ってしまった。
他に大切なものがないのだ。
でも、男は正直だったので
「わたくしには、他に何もないのです。余った金は一部お返しして、残りを少しずつお返しすることはできませぬでしょうか?」と訴えた。
ひょろながい男は、男の正直さに、なんとなく事情がわかったような気がしたので、家と畑と引き換えに大金を渡したのだった。
正直者の男は礼を言い、大金すべてを1度持ち帰った。支払うところへ、全て支払い、大金は半分残ったので、ひょろながい男へ返済しようと思ったのだが、どうにもひょろながい男の所在がつかめない。金を返せないまま、年月だけが過ぎたが、男は正直者だったので、金に手を付けることはなかった。
ある冬の寒い夜に、正直者の男が寝支度をしているころ、戸をたたく音がした。
男はみすぼらしい小屋とも呼べない、今にも崩れそうな廃墟に住んでいたので、人が訪ねてくるなど思いもよらなかった。
「こんな夜更けに誰だろう。」こんなところの戸口を叩くなど、余程困っているのだろうと思い、あわてて戸口を開けて驚いた。
月明かりの下、それはそれは美しい天女のような女が立っていたのである。
女は仲間とはぐれ足に怪我をし寒さで凍えそうであった。
正直者の男は、「それは難儀なことで。こんなところですが、雨風はしのげますゆえ、囲炉裏の側へおあがりなさい」と、女を労った。
正直者の男は慌てて、明日の分の粟を煮込んで、女へ差し出した。
正直者の男は、1日1食の粟だけを食って暮らしていた。食事を残すこともなかったので、女へふるまうご馳走など用意できなかったのだ。
鍋の粟をすくい、女へわたすと、
「ありがとうございます。温まります」とか細い声で礼をいう女は、ほんとうに天女のようで、正直者の男は、もじもじと何かいい、戸口から出て行ってしまった。
さて、この女、実は盗賊の手先であった。ここに大金があるとの噂を聞きつけ送り込まれたのだ。
正直者の男が何か言い、外へ出て行ったすきに、女は大金のありかを探しはじめた。天女のようだった美しさは消え、悪巧みのぎらぎらした顔で、あっちでもないこっちでもないと、みすぼらしい小屋とも呼べない廃墟の中を探しに探した。
しばらく探し、廃墟がより一層廃墟らしくなったところへ正直者の男が帰ってきた。
男はびっくりしていたが、女のことを不憫に思っていたので、何事もなく
「粟だけでは足りんでしょう。秋のうちにしまっておいた、たくあんがあるで、お食べください」とニコニコした顔で、たくあんを差し出してきた。
女は、内心「普段からこんなものしか食っておらんのか…」と、ほんとうにここに大金があるのか迷い始めていた。この女、今はわけあって盗賊の手先だが、元々は気の優しい娘であった。家が貧しく親に売られたころから悪事に身を染めていき、人の優しさを忘れ、人からの優しさに飢えてもいた。
正直者の男は、女のことを思い、
「その布団でお眠りなさい。明日、山を降りて足の怪我もお医者さまに診てもらうといい。」と、ひとつしかない布団をさし、戸口から出ていってしまった。
女は困惑していた。久しぶりに人の優しさにふれ、勝手に目から涙がこぼれた。
女は正直者の男の後を追い
「あなたはどこで寝るのですか?」ときいた。
男は、「わたしは男です。布団などなくとも、木の根のくぼみも、なかなか温かいのですよ」とニコニコしていた。
女はがまんできなくなり、全ての悪巧みを男に話した。
「そうですか。それはお気の毒に。好きで盗賊の手先ではないのでしょう?お金はありますが、借りたお金なので、しまってあります」
「もし、あなたの身が危険なのでしたら、どうぞ持っていってください。お金を貸してくれた人とは、もう会えないかもしれないですからね」
と、廃墟の裏手にある、木のくぼみから、男は大金を持ってきて女に全て渡した。
女は、泣きくずれた。
いろいろ思った。
盗賊から抜けることや、盗賊から逃げることや、今までの悪い行いや、人をだましてきたことや、元々あった優しい気立てが、自分の悪事で汚れてしまったこと、それを思い出したこと。女は泣いた。
正直者の男には、女が泣いているのがなぜなのかわからなかったから、とにかく、屋根のある場所へ促した。
月が静かに輝いていた。
女は盗賊に金を渡し、逃げた。
大金が手に入った盗賊は女の行方など、どうでもよかった。
正直者の男と、天女なような女は、廃墟で一緒に暮らしはじめた。
何年かして、
ひょろながい男が二人の廃墟を訪ねてきた。金を貸した男だ。月夜の綺麗な晩だった。
正直者の男は、「お金は使ってしまった。申し訳ない」と、謝り、家と畑は好きなようにしてくれと頼んだ。
ところが、ひょろながい男は
「あなたの1番大切なものをいただきました。家と畑は2番です」
と、不思議なことを言い、家と畑を返すというのだ。
正直者の男は、その男が何を言っているのかわからなかった。
ひょろながい男は、空の月を見上げながら、「わたくしは、これで、あちらへ帰ることが許されます」と呟き、「あなたが今、1番大切なのは、そこの女でしょう。」と天女のような女を指差した。
正直者の男は青ざめた。女を連れて行かれると思ったからだ。
「や、や、やめてください!この人はわたくしの女房です。家と畑は諦めますので、どうか、女房は連れて行かないでくださいまし」と、ひれ伏し懇願したのであった。
ひょろながい男は驚いた。
「いえいえ、わたくしは、鬼ではありませぬ。まだ、わかりませぬか?」
「その女を改心させた、あなたの優しさと正直さを、見ておりました。悪に身を染めた人間を改心させることはそう簡単なことではありません。この世の大切なものとは、そういう温かなものでございます。だからと言って、その心を取り上げるつもりもございません。あなたに出会えた、わたくしも、その女も、幸せなのであります」
と、言い、幸せの対価として、家と畑と少しばかりの金を寄こしたのであった。
正直者の男と天女のような女は、月夜の晩になると、空を見上げ、深く深くおじぎをし、いつまでも仲むつまじく、一生幸せに暮らしたそうだ。
え?噂の男はどうしたって?
さあ、どうしたことやら。
噂を聞くこともなくなったとさ。
とっぴんぱらりのぷう
4/2/2024, 1:11:21 PM