谷折ジュゴン

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創作「遠い日の記憶」

自分だけが覚えていて、周りの人が覚えていない。
あるいは周りの人だけが覚えていて、自分だけが覚えていない。

そういった記憶は、果たして「本当の記憶」と言えるのだろうか。

あれはまだ、僕が小学生の頃だった。僕には夏にだけ現れるお友だちがいた。華奢な体に顎の辺りで切り揃えられた黒髪。同い年ぐらいで、背丈も同じ。いつも花の模様のワンピースを着ていて、笑うと消えてしまいそうな儚い印象を抱かせる少女。

名前はもう覚えていない。だが両親が言うには、夏になると僕は、ことあるごとにその少女の名前を口にしていたらしい。

「○○ちゃんと遊んでくる!」

そう言って山や海へ駆けて行ったそうだ。そして、どのような子なのか気になった両親がいくら会わせて欲しいと頼んでも、僕は決してその少女を家には連れて来ることはなかったようだ。

連休のある日、実家のタンスの中から見覚えの無い写真が一枚出てきた。日付は僕が小学生だった頃の夏休みだ。そこには、例のお友だちと僕が玄関前に一緒に並んで微笑んでいる姿が映っていた。

この写真は何だと、両親に尋ねると小学校の夏休みの終わりに一緒に撮ったよと、さも当たり前かのように言うのだった。

そして写真の裏には、母親の字で少女の名前と僕の名前が書き込んであった。

「○○ちゃん……」

何年ぶりかに呼んだ名前は、不思議と僕の口に馴染んでいた。だが、この写真を撮った記憶はいくら思い出そうとしても、切れ端すら出て来なかった。

夏にだけ現れるお友だち。彼女が本当に存在したのかどうか、僕も両親もよく覚えていない。もしかすると、僕も両親もこの一枚の写真によって記憶を改変されているのかもしれない。

(終)

7/18/2024, 3:42:34 AM