囃子音

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とある船乗りの物語を読んだ
彼は一生を海で過ごした
海に育てられ
海に惑わされ
海を守るために戦い
海で死んでいった
海は、彼の産湯であり、墓場だった
彼の、故郷だった

しかし、僕はどうだろう
どこが、故郷と呼べるのだろうか

生まれた国は工場の国
ただ厚い灰色のガスに覆われていた
僕はそれしか記憶にないのだ

育った河の国は
その湿気により徐々に腐敗し
とうとうその悪臭に、僕は耐えられなくなった

昔バカンスを過ごした山の国は
日毎に僕の愛した姿ではなくなって
やがて草木に覆われて滅びるだろう

志して訪ねた遠い海の国で
無慈悲な潮風を吹きつけられて
僕の心は侵食されて、塩ですっかり錆びてしまった

では、いっそ旅こそ僕の故郷
だが、それはありえなかった
僕には、世界をたったひとりで放浪し
孤独を生活にする勇気がない


僕の故郷はどこだろう
どことも分からない国で
知らない土に骨を埋めるのか

ここで、生きて、死ぬのだと
そう決められるような場所は
僕に与えられるのだろうか

知らない国への郷愁が問う
僕にかえるべき場所はあるのだろうか、と



2/11/2023, 2:18:25 PM