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帆船は、帆を立てて行く。
航海の果てになにがあるかは、船長である、セラ・デカートだけが予見していた。
女海賊として有名な彼女は、恐らくこの大洋の向こうに、目指すエルドラドがあることを知っていた。
太陽が影ってくると、セラは天空を見上げた。
嵐が来る。
その予感に、彼女は怒号を発した。
「海が荒れる! 帆をたため!」
次第に波の向こうから、雨が降り出した。
雷雲は黒く渦を巻き、高波は甲板を濡らし、嵐は帆を殴る。
急いで部下たちに、たためと命じたマストはまるで、海藻のようだ。
ただ、この嵐を乗り切れば、きっと何かが訪れる、彼女はそう思っていた。
……しかし。
船は難破した。自身を疑うことを知らないセラは、神に祈った。
「航海の神様、私に何の非があった? もし、エルドラドに行けるんだったら、私は何を差し出してもいい。大枚はたいても、かまわない。だけど、ここで死ぬのだけは、嫌だ」
空に、ウミネコが飛んでいる。
気がつくと彼女は、ベッドの上にいた。
気が動転して、体を起こすと、にっこりと薬草師の男が微笑んだ。
男はこう言った。
「けして嵐か来ようとも、あなたの船は、沈まなかった」
船尾に穴の空いた船は、病院の目の前の、ドックに停泊していた。
彼女は誇らしかった。クイーン・ホープ号は、彼女を最後まで裏切らなかったのだから。

7/29/2023, 10:25:47 AM