与太ガラス

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 円い台の上に粘土の塊を載せ、ろくろを回す。回転に合わせて指先から粘土に触れ、造形を整えていく。陶芸を生業として二十年、来る日も来る日も土との対話をし続けた。私の作品は芸術性と実用性を兼ね備えたデザインとして、日本のお茶の間で使われている。

 今では週に二回の陶芸教室も開催し、門弟を指導するまでになった。ありがたいことに結婚して子宝にも恵まれた。充実した陶芸家人生を歩んでいる。

「先生、ここがどうしても上手くいかなくて」

 陶芸教室で生徒たちの様子を眺めていると、カホさんから呼び止められた。この教室に何年も通い続けてくれている生徒さんだ。

「あ、はい。ちょっと見せてください」

 見ると器の壁になる部分がデコボコしている。意欲は高いが不器用なのかなかなか上達しない。いや、そう決めつけてはいけない。私の教え方にも問題があるのだろう。

「じゃあ一緒にやってみましょうか」

「はい、お願いします」

 私はカホさんのてを支えるように持ち、耳元で指示をしながらろくろを回した。

「いいですよ、そう、ゆっくり力を込めて……」

「わぁ! 上手くできました!」

 カホさんが私を振り向き、顔と顔が数センチのところで目が合った。

「おっと」

「あらやだ、失礼しました」

 お互いに目線を逸らす。そのタイミングで教室内を見回したが、他の生徒たちは自分のろくろに集中していてみていないようだった。

「先生、教室が終わった後、少しお時間よろしいですか?」

 目線を外した耳元で、カホさんが小さな声でささやいた__


 教室から生徒たちが帰った後、私は一人で片付けをしていた。すると一旦は外に出たカホさんが足音も立てずに教室に戻ってきた。

「あの、お話というのは……」

 聞きたくないような、聞きたいような、聞いてしまったらもう戻れないような予感がしていた。

 私はずっと疑問に思っていた。なんでカホさんはまったく上達しないのにこの教室に通い続けているのか。なんで毎回同じところでつまづいて、私にサポートを求めてくるのか。そして私がカホさんの手に触れるたびに、なんで私の心臓の脈打つ音が早く大きくなるのか。

 私は知っている。私は既婚者だが、カホさんも既婚者だ。誰もいない教室に二人きりというのもよくない。いやそれはいいだろう。陶芸教室の先生と生徒なら何もやましいことはない。そう思ってしまっている私の方がまずいのか……?

「先生、私、いけないことだとはわかってるんです」

 やめてください、それ以上はいけません。

「でも、どうしても想いを止めることができなくて」

 どうか、どうかその想いは秘めたままに……。

「先生が、何年も何年も真剣に教えてくださるのに、私ったら全然上手くならなくて」

「それは……私の指導が下手なんですよ。こちらこそ申し訳ないです」

「それでも親身になって教えてくださる先生に、私、申し訳なくて……、気づいたら私……」

 これ以上は、私も止められなくなってしまう。

「こんなことをするのは、先生への、もっと言えば、長年一緒に学んできた他の皆さんへも裏切りになるかもしれないんですけど……」

「やめましょう。そんなこと、口に出してはいけない」

 私はついに声に出してカホさんを制止していた。あるいはそれは私自身に向けて言っていたのかもしれない。しかし覚悟を決めたカホさんの口を止めることはできなかった。

「先生には、陶芸以外の別のコトも教えてもらいたいって、思ってしまったんです」

 私は動揺して椅子を蹴ってしまい、部屋中に大きな音が響いた。ダメだ。いけない。これ以上は私の理性が保てない。

「カホさん、それはいけない。私は陶芸しか教えられません」

「わかってるんです。こんなお願い、ルール違反だって。でもほんの少し。ほんの少しでいいんです。そこから先は、自分でもがんばりますから」

 頭の中で理性と本能が死闘を繰り広げていた。そしてついに、私の理性は敗れ去った。

「わかりましたよ。私も覚悟を決めました。もういいです。あいまいな言葉はなしで、はっきりと何を教えてほしいか言ってください」

 私はついに本能をさらけ出した。

「ありがとうございます! 私が教えてほしいのは3Dプリンターです」

 3Dプリンター? カホさんの思わぬ発言に私は呆然としてしまった。

「私、どうしても作りたい理想の器があるんです。頭の中では完璧にデザインが仕上がっていて、これが作れたらこの教室も辞めようと思ってたんですけど」

 カホさんは先ほどまでのもじもじした態度とは打って変わってつらつらと語り始めた。私の感情はぐちゃぐちゃになっていた。

「やっぱり3Dプリンターも難しくて、まだ全然使いこなせないんです。だから」

「だから?」

「先生、工業系の高校出てますよね? 私にCADの使い方、教えてくれませんか?」

 私は混乱の境地に至り、ついに最後の言葉を解き放った。

「今すぐ出て行け〜!」

2/21/2025, 12:58:44 AM