刑務所の中、通気口の小さな穴から見える微かな空だけをぼんやり見つめていた。
空、といっても光が僅かに差しているだけで、その青さも、広さも、眩しさも匂いも分からない。
もう春は過ぎたのか。はたまた、まだ小さな春は続いているのか。
それさえも、僕は見失っている。
たくさんの人を殺した僕は、当たり前だが警察に捕まって、当たり前に牢獄に送られた。
裏社会に片足を突っ込んだような、僕と同じ社会の屑にも死んで悲しむ人はいたみたいだ。
僕が死んで悲しんでくれる人は、もういないのに。
奴らを殴って壊したことを、僕は少しも悪いと思っていない。
僕に倫理を教えてくれた彼を壊した奴らだ。壊し返して、どうして罪になるか理解ができなかった。
僕のやったことは随分重い罪になったみたいで、普通は何人かで生活させられる牢でさえ一人だった。
狭いのも、暗いのも、空気が少し黴っぽいのだって慣れている。
彼がいなければ僕は、きっと名前も知らない女の子の家に転がり込んで、埃と黴と、甘ったるい香水と性の匂いの中で腐ったように生きていた。
彼を失った世界は、僕にとっては随分無味乾燥で面白くもない。それなのに、世界自身は何も変わりやしない。
ついこの間まで満開だった桜は、もう全部散ってしまったと看守が暇そうにぼやいていた。
清廉で、淡くて、愛らしい桜の花弁だって、地に落ちて、踏まれて腐れば僕と同じになる。
監獄はとにかく色が少なかった。
彼が教えてくれた昼間の空の色も、鮮やかな花の色もありはしない。
打ちっぱなしのコンクリートが見せる冷たい灰色に、鉄格子の無機質な鈍色。たまに姿を見せる看守の制服の、僕に馴染んだ空と同じ色をした紺色。
このくらいしか色が無い。
求めれば一部の本なんかは貰えるらしいが、僕みたいな塵に本なんて高尚なものは不要だ。
ただ、彼のいないこの世界で、牢獄と同じようにゆっくり色を失って、桜の花弁の同じように腐ってしまえばいい。
透明な何かが喉に詰まって、僕は息もできなかった。
テーマ:無色の世界
4/19/2026, 8:51:51 AM