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我慢(テーマ 欲望)




 欲とはなにか。

 生きていくためには必要なものなのか。それとも人を悪の道に誘う悪いものなのか。



 中学生の頃、告白した相手の女子生徒の顔は、一生忘れないだろう。

 信じたくない、認めたくない物を見る目。

 当然のように断られる。

 しかし、それだけでは済まず、ショックを受けた女子生徒は泣き出してしまった。

 それは問題になってしまったらしく、女子生徒の家へ、両親は頭を下げに行ったらしい。

 なお、本人には来てほしくなかったらしい。


「人が嫌がることはしてはいけない。」

 戻ってきた両親から、私は滾々と諭された。
 わかっていましたとも。
 あの子の表情を見た時に、十分にわかりましたとも。


 しかし、一方で思うところもあった。

 人を好きになり、一緒になりたいと考えることは、欲なのか。

 ならば両親はどうやって一緒になり、私を生んだのだ。


 人を好きになることは自分で始めることではない。心が動いてしまうのだ。それは確かに欲と言えるかもしれない。

 生き物を殺したくなくても、お腹はすくのだ。食欲は命を奪っている。

 人と一緒になりたいという気持ちも、犠牲を生むということでは欲なのだろう。

 しかも、人から嫌われることで、その欲は満たされることは無くなる。



 高校の時、日曜日に遊びに行きたいと思ってしまう。

 しかし、自分が遊びに行くと、家で年の離れた小さな弟が一人になってしまう。

 我慢しなければ。


 人の輪に入りたいと思ってしまう。

 しかし、嫌われて、輪に入れない以上、その欲は叶わない。

 一人で生きていけるように強い心を持たなければ。



 他人に対して欲を持つことはよくないことだ。
 自分が欲望を叶えると、それがそのまま相手の不幸になる。
 相手を嫌な気分にさせてしまう。


 なるべく自分の努力で手に入る欲だけを持つようにしよう。

 他人の気分次第で叶えられないことに欲を持つと、辛い気分になるだけだ。




 そして、そのまま年を取り、仕事はできるようになったけれど。

 誰かと一緒になることはない。



 だって、あんなに嫌な顔をされて、仲間の輪にも入れてもらえない私。

 そんな私と一緒になるなんて、気の毒が過ぎる。


 たまの休日は、部屋でゆっくりしていけば、誰にも迷惑をかけることもない。

 気楽な過ごし方だ。


 誰かに好かれ、誰かと一緒になれるなんて、とっくの昔に諦めている。




 さらに年を取り、30代も半ばを過ぎると、『誰かと一緒にいたい』という欲も減ってくる。

 ようやくこの「欲」から開放される。


 実に清々しい気分で日々を過ごすようになった私を見て、なぜか年老いた父と母は悲しそうな顔をした。


 なぜ、泣くのですか。

 ああ、孫の顔を見たい、という、あなた方の欲が叶わないからですね。


 申し訳ありません。

 その欲を叶えようとすると、私の子を産むために一人の女性が犠牲になります。

 そんな残酷なことは私にはできません。


 叶わない欲は、持たないほうがよいですよ。

 ええ。

 結婚や子育ては、人から好かれる、一緒になって喜ばれる人だけが叶えられる欲望なのです。


 嫌われる人には過ぎた欲望というものです。

 ねえ、そうでしょう。

3/2/2024, 11:27:51 AM