イオリ

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突然の君の訪問。

マンションに帰宅すると、扉の前に彼女が腰を下ろしていた。

来るって言ってたっけ?

言ってない。

だよな。 鍵を開け彼女を入れた。

僕が着替えている間、彼女は慣れた手つきで冷蔵庫を開け、料理を始めた。

テーブルに並んだナポリタンとサラダを食べながら、

なんかあった? と彼女に訊いた。

さあ、どうだろ。

なにそれ。 僕は軽く笑った。

昨日実家に帰って掃除してたら、懐かしいもの見つけちゃって。 彼女がカバンから取り出した。CDだった。

ワルツ・フォー・デビイ。懐かしいな。

貸してもらってそのままだったから。

そうだっけ?

うん。

CDなんてもうめったに使ってない。別に急がなくてもいいのに。

まあまあ。ねえ、せっかくだから聞こうよ。 僕が答える前にサッとセットしてスタートした。

ピアノの静かな始まり。そこから少しずつ、少しずつ、膨らんでいくメロディ。エヴァンスの流れる鍵盤が、心のひび割れをゆっくりと埋めていく。寄り添う曲。そんな感じ。

ああ、そうか。 僕は無意識につぶやいた。

え、なに?

いや、なんでもないよ。


最近、忙しかった。疲れてもいた。顔にしっかり出ていたのだろう。

何かあったかと彼女に訊いたが、実際は彼女が僕に訊きたかったのだ。でもあれこれ無遠慮に訊かずに、この曲を持ってきた。持ってきてくれた。

いつの間にか箸を止め、曲に聴き入っていた。彼女も口を開かなかった。


曲が終わった。

いつ聞いても、名曲だな。

そうね。癒やされた?デビイ?

ああ、癒やされた。デビイじゃないけど。

そう。よかったね。


ここで、ありがとうと言えばいいのに、それが言えない、男の照れくささ。


でもいつか言おう。







8/29/2024, 1:55:24 AM