泣かないよ、お兄ちゃんだから。
僕はそう言って母に向かって微笑んだ。
少し歳の離れた弟が産まれたのは、僕が7歳の頃だった。本を読むのが好きな僕とは反対に、弟は外で活発に遊ぶいわゆるやんちゃな子で両親の関心が弟に寄るのは自然なことだった。
弟は本当に嵐のような子どもだった。
僕のおもちゃを奪い、壊し、大切に読んでいた本はジュースにまみれにされたこともあった。
それでも僕はお兄ちゃんだからと許してあげてと両親に諭されるばかりで、少しだけ黒いこの気持ちをどこに投げたらいいのか分からなかった。
ひとつだけ分かっていたことは、泣いてはいけないということだった。弟は小さいから僕の物を壊すのはどうしようもないし、だからそれを両親に訴えたってただ困らせるだけ。泣かないことは僕がお兄ちゃんとして果たすべきことだとさえ思っていた。
そうして弟が僕の物を壊さなくなるまで泣かずに過ごした僕は、ついに涙が流せなくなった。
泣き方が、分からなくなってしまったのだ。
「…だからかな。僕が泣かないのは」
心配してくれてありがとう、迷惑かけてごめんね。と先輩は困ったように眉を下げて笑った。俺は語られた先輩の過去にただただもどかしさを感じるばかりで、気の利いた言葉ひとつかけてあげることができなかった。
泣きそうな顔はするのに、決して泣くことはしない。そんな先輩の心の拠り所になりたいと願った俺は、自分より少しだけ小さい背中に手を回して抱き寄せた。
泣くのが下手くそなこの人が、自分の前で上手に泣けるようになるまでずっとずっとそばにいようと思いながら。
3/18/2023, 9:14:36 AM