少年が居た。
夏休みが好きだった。
8月24日、カレンダーを外した。
8月25日、絵日記をつけるのをやめた。
まだ、足りない。少年の手は時を刻み続ける壁掛け時計へと伸びた。
風防を外し、時針を握り込む。
ぽきん、と音を立てて折れた。これで安心だ。
少年はカーテンを締め切って、外に出なくなった。部屋には永遠の夏休みが満ちた。
ある日、少年は扉を開けた。
理由は何でもよかった。漫画を読み尽くしたとかゲームをやり尽くしたとか。
母親が立っている。これはまた随分と窶れている。涙がこぼれてきた。
「……出てってほしいの」
少年だった彼は、姿だけ肥大して母親を見下ろしていた。
時間を捨てれば、待ち合わせ時間を決められない。
時間を捨てれば、経験も知識も貴方の後ろには何も残らない。
彼がこの部屋で時計の針を折った瞬間、彼は自ら世界との手綱を手放したのだ。人との交流も、自身のキャリアも、何も要らないと捨て置いたのだ。
無為に転がる空白の六年間の先頭で、男は咽び泣いた。
【時計の針】2024/02/06
2/6/2024, 1:11:57 PM