小説の練習中

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 今日は高校の時から付き合っていた彼氏とのデートの日だ。社会人になってもう数年。そろそろ結婚を意識し始めた私に、大事な話がしたいとデートに誘ってくれた彼。彼好みの服、化粧、アクセサリーで身を整え、新しくできたカフェで待ち合わせた。
 彼のプロポーズの言葉は何だろう? あれやこれやと妄想してはニヤつきながら彼を待った。彼氏が到着するなりソワソワと『大事な話』を促す私に、彼は言った。

「すまん! 他に好きな人ができちまったんだ。別れてくれ!」
「はぁ?」

 一瞬、何を言われたか脳が理解を拒否した。
 二度、三度と彼に言われた言葉を反覆するうち、幸せな気持ちが急速に萎えていった。その代わりに腹の奥底からフツフツとしたものが込み上げてくる。
 私は貼り付けた笑顔で「そう」と静かに答えた。目の前の男の軽薄な顔が引き攣った。この男を好きだった数分前の自分がまるで信じられなかった。恋の力って本当に偉大だ。
 無言で席を立ち、店を後にする。ゆっくりとした歩みはやがて早歩きとなり、走り出した。その足で最寄りのブティックに駆け込み、私好みの服を買う。それまで身につけていた服やアクセサリーは紙袋に入れてもらい、古着屋に二束三文で売り払った。

 行きつけの居酒屋に入店する頃には、もう日は暮れていた。ビールジョッキを片手に別れた男についての管を巻く。店の大将はこんな私でも優しく迎え入れてくれた。

「もうホンット信じられない。こうなるぐらいならさっさと別れて欲しかったんだけど!」
「けど、お客さん。そんな男が好きだったんだろ?」
「……」

 図星だ。彼に別れ話を切り出される直前まで、心から彼のことが好きだった。
 下唇を噛み締める。顎がわななく。片手で目を覆うと、喉の奥がカッと熱くなった。心臓がギュッと握られているように苦しい。しばらくその体勢で心の整理をつけていると、知らない声が耳に飛び込んできた。

「お待たせしました」

 振り返ると、エプロンをつけた青年がいた。胸のネームプレートには「新人バイト」の文字。その手に持った皿にはやげん軟骨。先程注文したまま忘れていた。

「あ……どうも」
「あの、その……良ければおしぼりもどうぞ」

 ぎこちなく差し出されたおしぼりはほんのり温かい。最近は暑くなってきたから、おしぼりは冷やしていたはず。わざわざ温めてくれたのか。

「あ、ありがとうございます」
「あと、コレもどうぞ」

 目の前に置かれた皿には抹茶プリンが載っていた。注文していない商品だ。注文の取り違えだろうか?

「嫌なことがあったら、甘いものが一番ですよね」

 僕からのサービスです、と控えめに笑う表情が目に焼きついて離れない。私の目は自然と青年の背を追っていた。

テーマ「今日の心模様」
惚れっぽい女の喜怒哀楽の話

4/23/2026, 11:25:09 AM