sairo

Open App

「これ、あげる」

手渡されたのは透明な石。
困惑する少女に笑って、少年はずい、と顔を近づけた。

「これは?どう。気に入った?」
「えっと。あの」
「やっぱ、気に入らない?」

このやり取りは、何度目になるのか。少女はもう覚えてはいない。
気づけば側にいた彼。常に笑顔を湛え、こうして時折プレゼントと称して少女に手渡してくる。
何を考えているのか。手渡す石に意味はあるのか。
少女がいくら訪ねても、少年は笑うだけで何も答えなかった。
少女は、少年の名前すら知らない。


「綺麗だと、思います」
「へぇ、気に入ったんだ。じゃあ、今度こそもらってくれる?」

少女の答えに、少年の笑みが深くなる。

「や。でも、それは」
「駄目なの?気に入ったのに?」
「そう、ですけど。でも」

戸惑い視線が彷徨う少女の手を、渡した石ごと軽く握る。そのまま上へと持ち上げて、少女の目の前にかざした。

「欲しい、と。一度でも思ったのならば、迷わずに受け取ればいい」

息を呑む音。僅かな怯えを浮かべた少女の目に、少年の浮かべる笑みが優しさを孕む。
改めて少女に石を握らせる。怖くはないのだと、震える少女の手を宥めるように撫ぜた。

「どうして。なんで、いつも」
「大切にしたい人に、プレゼントをあげたいと思うのは変?折角のプレゼントを、喜んでもらいたいとあれこれ考えるのは意味のない事?」

少年の言葉に、少女の頬に赤みが差す。
それ以上は何も言えなくなってしまう少女の手を一撫でして、手を離す。返される事のなくなった石を、少年は満足そうに見つめた。

「この石って、一体何なんですか?」
「これはね、本物だよ」

少女の問いに、少年は得意げに答える。
本物。その意味を分かりかねて少女は首を傾げれば、少年はくすくす笑いながら、口を開いた。

「今までは、近いものや似たものだったから、気に入らなかったんだね。やっぱり本物でないと駄目か」
「何、言って」
「だって今まで上げてきたやつは、全然嬉しそうじゃなかった」

少しだけ拗ねたような声に、少女は確かに、と今までの石を思い返す。
小さなもの。大きなもの。歪な形。様々あったが、そのどれもが、黒く濁っていた。
綺麗だと、ここまで強く惹かれたものはなく。この石を手渡されるまでは、どう断れば石を渡す事を止めてくれるのかばかりを少女は考えていた。

「え、と…ありがとう、ございます」
「どう致しまして。やっと喜んでくれた」

心から嬉しそうな少年の笑顔に気恥ずかしくなる。石を見る事で、少女は少年から視線を逸らした。
きらきらと、光を反射する。澄んだ水のように、透明さを保つ石に目を奪われる。
何故こうも心を奪われるのか。少女にも理由は分からない。
飽く事なく見つめ。手の中で転がして。

「綺麗」

思わず溢れ落ちた言葉に、少年の目が愛おしげに細められるのを見てしまい。少女ははっと、我に返る。

「あ。すみません。もらってばかりなのに、私何もお返しが出来なくて」
「いいよ。俺があげたいんだから、気にしないで」
「でも」
「君が飢える事も、病に苦しむ事もなく。笑ってくれているのが、俺にとっての一番のプレゼントだよ」

少女を見つめながらも、少年はどこか遠くの何かを見るようにして微笑む。
少年の手が頬に伸ばされるのを、少女はどこかぼんやりと、当然の事のように受け入れた。

「あぁ、少し冷えてしまっているね。そろそろ戻ろうか」

どこへ、と微かな疑問は直ぐに消え。少年に促されるままに、少女は歩き出す。
そもそも、ここは何処であるのか。少女は思い出す事はなく、少年に寄り添い歩く。

長い廊下の先。扉を開け入った部屋は、少女の私室であった。
手を引かれ、ベッドへと向かう。少年に促されるままに横になれば、優しい手が良い子と少女の髪を撫でた。
その手を、少女は知っている気がした。熱にうなされている時に、ずっと撫でてくれていた愛しい手。
目を細め擦り寄れば、撫でる手はさらに優しくなる。


「そういえば、今日はクリスマスイブだったね。良い子にはプレゼントをあげないと」

プレゼント。首を傾げ、少年を見上げた。
少女は既に石をもらっている。それ以上にもらう事は出来ないと、口を開きかけ。

「メリークリスマス。プレゼント代わりに、いい事を教えてあげようね」

しかし歌うような声と、いつの間にか少年の手に渡っていた石を唇に触れさせられて。少女の否定の言葉は声にならず消えた。

「今回は偶然手に入れる事が出来たけど、次はないかもしれない。だからよく味わって食べて」

触れた唇の熱で石が溶け、僅かに開いた隙間から少女の口腔内へ流れ込む。反射で飲み込んだ少女の目が、驚きと、苦しさと、怯えに見開かれた。

知っている味だった。
吐き出したくなるほど不味く、泣き叫んでしまいたくなるほど美味であるその味。
少女はよく知っていた。思い出してしまった。
綺麗だと思った石が、本当は何であるのか。
少年は誰だったのか。彼が何をしたのか。

「あの時は無理矢理だったけれど、気に入ってくれていたみたいで安心した」

触れているだけだった石が、押し込まれる。
拒もうと唇を閉ざそうとすれど、衰弱した体は思うように動かす事は出来ない。
唇を割り、舌を滑り、喉奥へと転がり落ちる石。
諦めて飲み込む。一筋零れた涙を指先で拭い、彼は笑った。

「今度はちゃんと年を越えられる。年を越して春になったら、きっと良くなるよ。そうしたら、また桜を見に行こう」

笑う少年の姿に、痩せぎすの男の姿が重なる。
あぁ、と掠れた声を漏らす。

狭く、寒い部屋。薄い布団。

部屋が変わる。時が反転していく。

「おやすみ。愛しい人」

冷たい手に目を覆われ、おとなしく目を閉じた。



20241224 『プレゼント』

12/24/2024, 4:13:26 PM