『麦わら帽子』
青空と緑の海と小麦色の麦わら帽子。夏になると絵画のようなこの色彩を君と思い出す。
里帰りだと両親に連れてこられた片田舎。
ゲームばっかりしていた俺は、何も無い田舎道をポツポツと歩いていた。母さんめ…今時の都会っ子に田舎で外遊びなんて、無理ゲー過ぎる。どう遊べばいいのかすらまったく分からないのに。
まぁ、テキトーにぶらついて時間を潰すか。なんて考え無しに俺はとりあえず気の向くままに足を動かしているのだ。
しばらく歩いていると俺の体にビュウっと風が降りかかった。釣られて顔を横に向ける。と、そこにはボウボウに伸びた野原の草がまるで波のようにザアザアと揺れていた。
ぼうっとそのまま草の海を眺める。何も無い田舎道の中、大きく広がるその海になんとなく目が奪われた。
と、一層強い風が俺の顔を打ち付けた。思わず目をつぶる。風は一瞬で俺の体を通り過ぎたかと思うと後ろの野山に勢いよく駆けていった。
ザザア、ザザア。まるで本物の海みたいな波の音に誘われて、閉じていた瞼を上げる。一瞬視界に日の光が溢れた。かと思うと、目の前には雲ひとつ無い真っ青な空と、その下にどこまでも続く緑の海がある。
ふと、青い空に一匹の蝶が舞っているのに気が付いた。小麦色で、つけられた真っ赤なリボンが風に煽られ、ひらひらと靡いている。ゆらゆらと空から落ちてくるそれは、蝶ではなく可愛らしい麦わら帽子だった。
突き抜けるような青い空
ザアザア揺れる緑の海
ふわりふわりと舞い降りてくる麦わら帽子。
まるで絵の中のような風景に一瞬息をのむ。
羽のように俺の足下に落ちた麦わら帽子を、俺は気が付いたら拾っていた。
…この数分後に、俺は息を切らして帽子を探す君と出会うことになる。
絵画みたいな、この色彩の中で。それは、夏に必ず思い出す俺達の一番色鮮やかな記憶だった。
8/11/2024, 3:21:25 PM