望月

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《旅路の果てに》

 人の生というものは、とても短い。
 対して、魔族の生というのはとても長い。
 少なくとも数十年は魔族の方が長く生きられるのだ、雑魚であっても。
「……つまらない。何もかも」
 その瞳に諦観を映して、呟く女魔族が一体。
 時には傾国の美女。時には女王。時には旅人。時には村人。時には商人。時には魔女。時には騎士。時には——。
 数え切れない程、名を変えて生きてきた。
 その時間は一万と飛んで三千八百年程。百以下は数えるのも面倒で、寧ろよくここまで数えていたな、と呆れる程だ。
 だからか、女魔族は多くのことを知っている。
 今女魔族が立っている地で、まさに一触即発の空気が漂っていることも。
 そんな中現れたたった一体の女魔族に、両国の軍が怯んでいることも。
 これから起こる、戦争の理由も。
「寝ているところを邪魔されて、少し気持ちが昂った。どれ、死にたい奴から掛かってこい」
 女魔族の声は不思議と、遠くに布陣している両国の軍に届いた。
 頭の中で響いたのだ。
「たかが一体の魔族に、十万を超える軍勢が手も出せぬとは……中々愉快でならんな」
 そう言った女魔族は、手を広げた。
 刹那、両軍の前衛が吹き飛んだ。単純に、広範囲に魔力を広げたのだ。
 簡単であるが故に、強力なそれ。
 天災にも等しい威力を見とったのか、両軍は女魔族の排除を最優先と定めた。
 そして、共に女魔族と戦うことを選んでいた。
 そもそも、敵国を放っておいたとて女魔族に掛かれば一瞬で捻り潰す筈だ。
 つまり、共闘が成ったのである。
「よい子らよ、おいで」
 慈愛に満ちた表情を浮かべたかと思うと、女魔族は全力で両軍を壊滅させることにした。
 その間、僅か一時間。
 半壊状態の軍勢を置いて、女魔族はその場を去った。誰もが気付かぬ内に。
 一人静かな崖に立ち、女魔族は溜息を吐く。
 国の全土が見渡せる場所だ、眺めはいい。
「……ぬかったか」
 悠然と振り返った女魔族の胸には、剣が突き立てられていた。
 背後から突如として現れた男が、女魔族を刺したのだ。
 素早く影から飛び出してきたのだろう男だが、女魔族は気付いていたが無視していた。
 そろそろ、飽いたのである。
「ふふ……久しく忘れていたようだ。ありがとう」
 刺したにも関わらず笑みを向けてくる女魔族に何を思ったのか、男はより深く剣を刺した。
「そう焦らずとももう、長くはないさ。この私を討てたことを、最高の名誉として生きよ」
 ここ二千年程忘れていた感情が、女魔族の胸を満たしていた。
 それは、喜び。
 長く生き過ぎたせいか、感情を一つずつ失っていた女魔族にとって、最高の終わりだと思ったのか。
 満足そうに目を閉じ、自らの手で剣を引き抜く。
「さらば、勇者よ」
 崖から女魔族は飛び降り、頭から着地した。
 赤が男の視界に映る。
 こうして、世界を作りあげた最悪の立役者は、呆気なく消えてしまったのだという。

2/1/2024, 1:25:47 PM