『七夕』2023.07.07
成人してからよく行くようになった綺麗なお姉さんのいるクラブは、季節感を大事にしているらしかった。
だから今日もテーブルに着くなり短冊を渡されて、願い事を書くように勧められる。
彼のことをお願いするんでしょう、とすっかり顔なじみになった嬢にからかわれる。軽そうに見えて、実は勘の鋭いところがあるから全てお見通しだ。
最初に指摘されてから、口止めの意味もこめて彼女を指名している。だが彼女はプロ意識が高く、そういった事を言いふらすことはしなかったので、今は「嬢と客」というより「ヒミツを共有する友だち」といった関係だった。
彼との仲をもっと深めたい、のは事実である。しかし、こういった場で私情を出すことを彼は良しと思っていない。
彼と自分とでは立場が違いすぎるのだ。万が一、関係がバレてしまってこっちの立場が悪くなることを、彼は懸念している。それは、そういう仲になった時に言われたことだ。
そんな事を嬢に正直に伝えると彼女は、七夕の時ぐらいいいじゃない、と優しく言った。短冊には名前は書かなくていいから、と彼女にしてはしつこく押してくるので、しぶしぶペンを取った。
なんと書けばいいのやら。
悩みに悩んで書けた頃には、嬢は別のテーブルに呼ばれた。
そして代わりに伝票を持って彼がやってくる。
代金と共に書いた短冊を恐る恐る手渡すと、彼はありがとうございますとにこやかに笑った。
そして、
「お客様のお願いはきっと叶いますよ。この後、必ず」
と囁いて彼は笑顔を深めた。にこやかとは違うその笑顔。
やっぱり渡すんじゃなかった、と後悔した頃には彼は行ってしまった。
必ず、と強調されたからには、そうなるのだろう。
有言実行をするのが彼だから。
短冊は笹の葉に吊るされることなく、胸ポケットにしまわれた。
――一緒に七夕を過ごせますように。
7/7/2023, 12:47:53 PM