さて、今日のテーマは【泣かないよ】。
子供が強がっているような、そんなイメージが浮かぶ。
可愛い感じだなぁ。
ここのところ物語を作っているので、今日は雑談系にしようかなぁなんて思っていたけれど、テーマ的には物語向きだ。
さて、どうしよう。
昨日は暗めだったから、今日は軽いタッチにしよう。
────────────────────────
「あっ!」
隣の席から上がった突然の大声に、私は肩をビクリと震わせた。
私と博士しかいないラボは、小さな声でもよく響く。
次いで
「あぁ〜」
と気の抜けるような声があがった。
入力作業の手を止めて隣を見ると、パソコンを前に突っ伏す博士の姿がそこにはあった。
おでこと机が仲良くくっついてしまっている。
なんだっけ、このポーズ。
およそ中年男性というカテゴリーから外れた所で見た気がする。
確か、癒やし系的な…。
ああ!ごめん寝だ。
猫ちゃんや子供以外で初めて見た。
いい歳をした男性がこのポーズって、なかなかアレだ。
そんな事を私が思っている間にも、ごめん寝のポーズのまま博士は何事かをモゴモゴ言っている。
博士、何言っているかわかりません。
「どうしたんです?」
何でこうなったかはわからないので、取り敢えず刺激しないように優しい声を心がける。
普段の博士は温厚な人物だ。怒っているところなんて見たことがない。
それでもアクシデント時は、何が本人にとって刺激になってしまうかわからない。
博士の機微を察する事こそ、良き助手というものである。
私の声が届いたのだろう。
博士から、ギギギッと錆びたロボットのような動きが返ってきた。
ロボットなら注油すればいいけれど、人間の場合はどうすればいいのだろうか。
思考に囚われそうになった瞬間、自力で錆に打ち勝った博士と目があった。
目の下のクマが凄い。
中年にしては円らな瞳をしている博士だが、今は死んだ魚のような目をしている。
「どうしたんです?」
「…ああ。…。…うん…」
モゴモゴと口の中で言葉を濁している。
目もキョロキョロと落ち着かず、意味もなく宙や床を見ている。とても気まずそうだ。
「Errorでも出ちゃいましたか?」
博士の肩がピクリと動いた。
適当な推察だったが、どうやらビンゴのようだ。
この落ち込みようだと、Errorから強制終了でも食らってしまったのだろう。
「バックアップファイルはありますか?」
博士の首が力なく左右に揺れる。
バックアップが無い…。もし、データが壊れたら1から作り直しだ。ファイルが壊れていないことを祈るしか無い。
最悪を考えるのは後にしよう。
ファイルが生きていると仮定して、最終保存時間が今日のいずれかの時間ならば、失ったデータは数時間分だけで済む。作り直すのはそこまで難しくないだろう。
「…最後に保存したのは、いつですか?」
「…3日前」
ラボの空気が固まった。
そういえば忘れていたけれど、博士は夢中になると止まらない人だった。
思えばこの3日間、帰り際に声掛けても反応がなかった気がする。
まさか3徹してるなんて、知らなかった。
ファイル、壊れてたら1からやり直しかぁ。壊れてなくても3日分の作業のやり直しなんだ。へぇー。
そのまま現実逃避をし続けたかったが、私は博士の助手である。
有能な助手スイッチをONにしなければ。
現実逃避する頭を無理やり押さえ付け、私はスイッチをONに切り替えた。
出来る助手たるものまず必要なのは、観察だ。
先程まで落ち着きのなかった目は、若干潤んでる。
口元はキュッと結ばれている。
肩は下がり、手足に力はなく、項垂れた様子でオフィスチェアに身を預けている。
えっと、こういう時は…。
「…博士」
「…うん。なーに?」
「泣かないでください」
「…うん。…うん。…泣かないよ…大人…だからね」
蚊の鳴くような声でうわごとのように呟くと、博士は再びごめん寝のポーズに戻ってしまった。
3/17/2024, 12:46:25 PM