「先生、最後までありがとうございました」
そう言って入院患者に付き添っていた女性は深々と頭を下げた。
「そいつらはわしらの金で飯食ってるんだ。そんな奴らに頭を下げる必要などないぞ!」
患者に強く叱られても女性は態度を変えなかった。最後まで、我々医療従事者に感謝を示し続けていた。患者の傲岸不遜な態度にナース達は
「そんなんだからあの人以外誰も見舞いに来ないんじゃないの?」
なんて、陰口を叩いていたりもしたが、それももう……。
連日、テレビを賑わせている世界的なスポーツイベントの裏で、当たり前のように起きている悲劇。だが、そんな悲劇が大きく取り上げられることはないだろう。残念ながらそれが現実だ。
「グフフフフ……やはり世界的なスポーツイベントはいい隠れ蓑になるわい」
「センセイ、退院おめでとうございます」
高級車の運転席に座る女性は、後部座席にふてぶてしく座る元入院患者をルームミラー越しに一瞥した。
「君もご苦労だった。見舞いと称してプライバシーの漏洩がないか、度々探りを入れていたんだろう?」
「はい。あの病院のプライバシー対策は万全でした。最後まで一般患者はおろか、マスコミすらセンセイの入院先を特定するには至りませんでした」
「本当にできた秘書だよ、君は」
センセイは下卑た笑みを浮かべ、言葉を続ける。
「いやはや。君にも医者の先生にも感謝してもしきれんわい」
「おかげでわしの政治家生命が延命できたのだから」
8/2/2024, 1:30:39 PM