お題『私の名前』
主様がだいぶ言葉を覚えた頃のお話。
「ねぇねぇ、フェネス」
それまで床にベタ座りをしてお絵描きに夢中だった主様。赤い丸を画用紙いっぱいに描いていらっしゃって、それが俺だと分かったのは数年後の話だった。そのことを知った時には胸がいっぱいになるほど嬉しかったものだった。しかし当時は屋敷中にボスキが飾ったアモンの育てた薔薇だと思い込んでいた。
その日も赤い丸をたくさん描いていたけれど、その手を止めて俺を見上げてきた。
「わたし、なんで***ってなまえなの?」
名前は前の主様、今の主様のお母様がつけたものだ。俺はそのときのことを日記に書き留めていて、一字一句覚えている。
「最初のひと文字はお母様のお名前から取ったものだと聞いています。みのり多き一生を送れますように、という意味だそうですよ。
ふた文字目は希望に満ち溢れた毎日でありますようにに、最後の文字は日だまりのような暖かい人でありますように……とお聞きしました」
説明を聞きながら主様は俺の顔をずっと見ていたけれど、次の瞬間「うーん」と頭を抱えてしまった。
「フェネスのことば、むずかしい……」
ああ、一度にすべては理解できなかったか。俺は主様になるべく視線の高さが近づくように、無駄に大きな身体を折りたたんだ。
「主様が素敵な女性に育ちますように、という意味ですよ」
笑顔で伝えれば、主様もくふくふと笑った。
主様がもう少し大きくなったら、もう一度伝えよう。
……しかし、大きくなった主様はとんでもないことを言い出すのだが……。
それはまた、別の機会に。
7/20/2023, 1:00:17 PM