鶴森はり

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お題【ごめんね】

「ごめんね」
「もういいって」
 彼女はよく謝る子だった。何しても口癖のように謝って、身を縮こまらせる。デートでも、遅刻したのはこっちなのに、何時間も待ちぼうけした彼女が「走らせてごめんね」と頭を下げた。
 大好きな恋人だが、その部分は好ましいとは嘘でも言えない。謝る必要ないだろとやめさせようとしたが、返事すら「ごめんね」だった。正直、少々疎ましくもあった。
「無駄に言ってると、ありがたみっていうか、軽く聞こえるからやめとけよ」
 だからキツイ、棘のある言葉をぶつけてしまった。積み重なった不満や苛立ちを何も着せぬまま、彼女へと刺した。
 彼女は目を見開き、硬直した。しかし、すぐにはっとして口を開くも迷うように開閉を繰り返す。結局黙ったまま、曖昧な笑みを浮かべて、小首を傾げるにとどまった。
 少し言い過ぎたと後悔したものの、重たく息苦しい雰囲気と彼女の笑顔に口を噤む。泣きそうな、引きつった笑みだった。こちらの罪悪感を的確に突く、痛ましい表情。
 その後、彼女は謝ることはなくなった。同時に口数も減った、何か……おそらく謝罪を言いそうになるのを堪える姿を何度も見た。
 彼女から言葉を奪ったのだと、あとになって気がついた。

5/29/2023, 11:58:57 AM