池上さゆり

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 高校入学初日、誰よりも早く学校に着きたかった私は、集合時間よりもずっと早く家を出た。
 余裕のある制服に、とりあえず初日だからと折らなかったスカートは膝に当たっている。春風が気持ちよく流れた瞬間、走りたい衝動に駆られた。まだ、すべてがこれからだというのにドキドキしている。
 校門をくぐり抜けて、自分のクラスを確認した私はそのまま教室へ向かった。誰もいない教室はシンと静まり返っているのに、黒板はお祝いの言葉で賑やかだった。このまま校内を探索しようと、荷物だけ置いて教室を出た。一番気になったのは屋上に入れるかどうかだった。真っ先に階段を駆け上がっていく。少しだけ息が切れて、ドアに手をかけようとしたところで気づいた。音楽が聞こえる。誰かがいるのだと気づいて、そっと覗くようにドアを開けた。
 すると、その先に見えたのは踊るようにスカートをひらめかせながら、一人で激しいステップを踏んで、まるで誰かとペアがいるかのように舞っていた。その顔は凛々しくて、力強さもあるような、とても同年代とは思えない大人びた顔をしていた。
 曲が終わって、その人が最後にポーズを決めるといつの間にか自分が息を止めていたことに気づいた。
「一年生?」
 突然こちらを向いて、彼女は言い放った。バレてしまったことに焦ったが、今さら逃げるようなこともできず屋上に出た。
「すみません、覗いてしまって。あの、一年です」
 隅に置いていたペットボトルの水を彼女は一気に飲み干した。
「気づかないと思った? これでも人の視線には人一倍敏感な踊りやってるからさ」
「やっぱりさっきの踊りだったんですか!」
「そうよ。社交ダンスって聞いたことある? その中のタンゴという種類の踊り」
 初めて聞く言葉にドキドキしている。
「あの! 私にも踊れますか!」
「もちろん。学生なら無料だから、放課後ここにおいで」
 そう言われてパンフレットを渡された。私も彼女のようになりたい。

9/8/2023, 8:26:21 AM