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「お祭り」

駅を出ると毎年恒例の近所の神社の例大祭の日だと気がついた。改札を出るなり人波に飲み込まれる。右から左へ神社に向かう人々に逆らって進む。

車を通行止めにして道の両側に出店が並ぶ。夕飯に何か買って行こう。とうもろこし焼、たこ焼、いか焼きを買ってアパートに続く路地に入った。ようやく人混みから脱出して深呼吸する。

昼間には神輿も出ていたらしいが毎年見たことはない。神社には神楽殿もあり、毎年神楽が奉納されるそうだが、これも見たことはない。

祭りというと、鬼に追い回され怖い思いをした思い出でしかない。でも、祭りの出店で買って食べるのは好きだ。

テーブルに買ってきたものを並べる。お祭りの匂いだ。ソースや焦げた醤油の匂いが食欲をそそる。缶ビールを開けると一人で乾杯する。

まずはいか焼きにかじりついた。焦げた醤油はなぜこんなに美味いんだ?ビールも進む。ピコンとスマホの通知音がする。

「矢野の家、神社の近くじゃなかった?一緒に飲まない?祭りでしょ」

まあまあ仲の良い同僚からの誘いだ。時折距離が近すぎて戸惑うことがある。人懐っこいのはいいが、そこまで近くなくても。

「もう家に帰ったからまた今度」と返しておいた。

「今から行く」

はあっ?と声に出た。

行くって、ここを知ってるのか?

「場所わかるから」

とりあえず部屋干しの洗濯物を押入れに押し込み、散らかっているゴミを片付けた。仕事の時のままの格好だが着替えたほうがいいのか?考えているうちに呼び鈴が鳴った。

ドキドキしながらドアを開ける。さっきまで一緒に仕事をしていた松野が立っていた。

「こんばんは」

彼女もいろいろ買い込んでいた。しかし、俺なんかの部屋に同僚とはいえ、女の子がいる!なんでた?

袋から出てきたものは、いか焼き、たこ焼き、とうもろこし焼。彼女も気付いたみたいで大笑いする。

「矢野とは食べ物の好みが似ていると思ってたけど、ここまでとは!」

二人で乾杯をした。

「来年もその次の年も、一緒に飲もう」

その意味をどう捉えればいいのか…眠くなったと肩にもたれてくる。勘違いでなければいいが、と思いながらそっと肩を抱いた。

「正解」

笑顔の君に見つめられ、恋に落ちた祭りの夜。

7/29/2024, 6:36:28 AM